【写真】ニューヨークタイムズ本社

地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説2
悲しき銃社会(2022年5月28日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方などを今後、不定期に翻訳、掲載します(NT掲載から本サイト転載まで多少の時間経過あり)。電子版からの翻訳で、地元翻訳家の星大吾さんの協力を得ました。
 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現 白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowersにおける空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
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 米国は、自国民を守る力を日々失いつつあるようだ。イースト・バッファローでの銃乱射事件に続き、テキサス州ユバルデの学校で銃乱射事件がおきた。この数日間、多くのアメリカ人が、失われた命に対し信じられないという思い、悲しみ、疲労、そして怒りを感じている。こうして心を痛め生きることのほかに何ができるというのだろうか。

 ユバルデの警察は驚くべき無能さをさらした。スティーブン・C・マックローテキサス州公安局長によると、「危険な状態の子供はいない」と判断され、警察がようやく犯人確保に向かったのは犯人が中に入ってから78分後のことだったという。一方、911通報係は教室内から何度も通報を受けおり、その中には警察を呼んでほしいと懇願する子供の声もあった。その結果はどうなったか。犯人はロブ小学校の19人の児童と2人の教師を殺害した。

 マックロー氏は、判断ミスが複数あったことを認めた。現場にいた指揮官が犠牲者の家族に謝罪する必要があるかという質問には、「遺族のためになるならば、私自身が謝罪することも辞さない」と答えている。

 現地には、学校内で銃声が鳴り続けるなか恐怖におののき警官に突入と子供たちの救出を懇願する親たちが集まっていた。しかし、警察は彼らを引き留めていた。一人の母親は手錠をかけられたが、隙を見てフェンスを乗り越え、子供を助けるために学校内を走り回った。その間警察は、彼女によれば、「何もしていなかった」。
警察官達は何年も前からこのような事態を想定した訓練を受けていた。しかし、いざというとき、子どもたちのいる学校でアサルトライフルを振り回す犯人を止めることはできなかった。

 TikTokを投稿し、デニムのジャケットを着て、毎朝学校に行く途中で「Sweet Child o' Mine」を歌うのが好きだったレイラ・サラザール。彼女のような子どもたちの死は筆舌に尽くしがたい大きな悲しみである。

 レイラの祖父、ヴィンセント・サラザール氏は、タイムズ紙に「彼らは私たちからあの子を奪った」と語っている。「残された家族は、どうやって傷ついた心を癒したらいいのか?」

 イルマ・ガルシアはロブ小学校の教師で、古いロック音楽が好きだった。彼女の甥によると、彼女の遺体は子供たちに抱かれた状態で発見された。生き残った4年生は、「ガルシア先生とエバ・ミレレス先生が僕たち生徒の命を救ってくれた」と語った。「先生たちは僕らの前に立っていたんです。僕らを守るために。」

 悲劇に悲劇が重なり、国民の疲弊感は深い。バッファローでは、5月14日にスーパーマーケットで起きた銃乱射事件の犠牲者のために、金曜日に3つの葬儀が行われた。10人が死亡し、3人が負傷した。

 「まるで年中行事だ。何度も何度も繰り返されている」と、犠牲者の一人、ジェラルディン・タリーの息子であるマーク・タリー氏は木曜日の記者会見で述べた。

 バッファローでは、白人の犯人がAR-15スタイルのアサルトライフルで黒人の多い地域を狙った。彼は、アメリカ白人が移民や有色人種に追いやられつつあるという、「大交代」論と呼ばれる人種差別的陰謀論の信奉者であった。共和党員の半数近くが最近、世論調査に対して「権力者が政治を動かすために移民を集めている」という陰謀論があり得ることだと答えている。

 妄想狂と銃器。この組み合わせは、これまで何度も悲劇を引き起こしてきた。「このような殺戮を喜んで受け入れるなどとどうして思える?」 バイデン大統領は火曜日、国民に問いかけた。

 大量殺戮の銃声の響きが消えぬ間に、次なる殺人が起こっている。家族によると、被害者の夫、ジョー・ガルシア氏は木曜日に心臓発作で亡くなった。50歳のガルシア氏は、木曜日の朝、妻の追悼式から帰宅したところで、倒れたという。

 このような事態に、国民はいつまで耐えなければならないのか。その問いは至極当然である。腹立たしいことに、その答えはこうだ。2022年の最初の21週間で、米国では213件の大量殺戮があった。毎日、平均321人のアメリカ人が撃たれている。そして毎日、概ね5万件以上の銃売買が記録されている。適切にメンテナンスされた銃は、何十年も新品のように発砲することができる。

 20人の子供と6人の教師が死亡した2012年のサンディフック小学校(コネチカット州ニュータウン)の大虐殺以降、アメリカはもはや悲劇に耐えることをやめ、銃器団体は今後力を弱めていくと期待されていた。

 10年の時が過ぎた今、そのどちらも実現してはいない。金曜日、ドナルド・トランプ前大統領、テキサス州のテッド・クルーズ上院議員、サウスダコタ州のクリスティ・ノーム知事、ノースカロライナ州のマーク・ロビンソン副知事が、ウバルデから車で数時間のヒューストンで開かれた全米ライフル協会の年次大会に出席し、講演を行った。これほどまでに銃器団体が共和党の大部分を完全に掌握していることを示す事実は他にない。

 全米の各州は、レッドフラッグ法、身元調査、購入年齢制限など、効果的な銃の安全対策となる法案成立させるために、少しずつではあるが前進している。しかし、これらの州は厳しい逆風にさらされている。今月、連邦裁判所は、半自動小銃の購入年齢を21歳に設定したカリフォルニア州の法律を取り消した。とはいえ、議会は現在、特定の銃を子供たちに宣伝することを制限し、カリフォルニア州民が銃製造業者を訴えることを可能にする、法案を審議中である。なんであれ銃の入手を容易にしないことは望ましいことだ。

 ニューヨークでは今週、連邦判事が、公共の安全を脅かした企業に民事訴訟を認める法律に対する銃器団体の異議申し立てを退けた。またキャシー・ホッホル州知事は、一部のアサルト・ウェポン購入の年齢制限を21歳に引き上げるよう議会に要請した。テキサスの銃乱射事件では、犯人は18歳の誕生日を待って、2丁のアサルト・ウェポンと数百発の弾薬を購入していた。

 ワシントンDCでは、本人や他人に差し迫った危険があると判断された場合警察が銃を取り上げることを可能にする、ある種の国家的な銃規制法について共和党と民主党の議員が成立に合意する可能性があるという話もある。

 コネチカット州のクリス・マーフィー上院議員(民主党)は、超党派の議員グループを率いて、より包括的な連邦身元調査制度の確立を検討している。この改革はアメリカ人の88%が支持している。

 我々は、これまで銃の安全対策に関するこうした超党派の取り組みが、結果を出さずに終わるのを目の当たりにしてきた。それでも、共和党の強硬な姿勢に直面する民主党、特にバイデン大統領は、最善を尽くすべきである。サンディフック事件以来、銃規制強化の先頭に立つマーフィー上院議員は、先週の上院の議場で、現状を巧みに表した言葉を述べている。

 彼は「私たちは何をしているのか?」と議員たちに問いかけた。「虐殺が増え、子供たちが必死に逃げ惑う中、その答えが『何もしていない』であるなら、なぜ、この仕事に就き、名誉ある立場に身を置くということをあえてしているのか」。

 この質問は、上院に直接語りかけるものであり、より広くアメリカ政府の制度全体に語りかけるものである。たしかに、この国の民主主義制度は、銃に対する多様な意見を代弁するものである。しかし、現在の構造では、議会は最も弱い立場にある市民の訴えに根本的に応えておらず、強力な利益団体によって腐敗し、そうした団体によって大多数のアメリカ人が支持するささやかな変更さえ阻止されてしまう。

 我々アメリカ人は皆、この広大な国を共有し、この国をより良くする方法を考え、互いを生かし、繁栄させる必要がある。今、我々はその大きな責任を果たせずにいる。州レベルでは、事態が変わりつつある希望の光が見えている。しかし、その前進は耐えがたいほどに遅く、対策が講じられるまで今日も、明日も、そしてこれからも毎日、何百人ものアメリカ人が撃たれることになるだろう。(2022年6月4日)

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