ハリーポッターシリーズ著者 J.Kローリング

「JKローリング擁護のために」のトランスジェンダーの背景解説
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説10−2(2023年3月21日)

米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。2月26日付掲載の「ハリーポッターシリーズ著者 J.Kローリング擁護のために」で、トランスジェンダーの詳しい背景を知りたいとの声があり、星氏が新たに執筆した解説を掲載いたします。
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「JKローリング擁護のために」背景を解説

1. 問題の背景
多くの国では法的に出生時と異なる性と認められるためには性転換手術等が要件とされている。しかし、性転換手術は身体に侵襲的であり危険や術後の影響も強く、また手術を受けることができる人間は限られている。そこで主要なトランスジェンダー団体は「生物学的性別(sex)より性自認(gender identity)を尊重する」立場を推進し、生物学的性別を重視する現行の法制度の改正を働きかけてきた。近年、このような動きを受け法的に女性と認められる要件を緩和する国も増えてきているが、現実の運用の上ではさまざまな問題があり女性の安全が脅かされる事態も起きている。また厳しい差別禁止法は差別禁止を掲げる団体等の既得権につながる恐れや、いわゆる社会運動標榜ゴロによる「差別主義者」のレッテル貼りを助長する恐れなどがあり慎重な議論が必要とされる(日本で現在話題になっているLGBT理解増進法案は差別禁止法ではなく国民全体の理解を促す法案になっている)。

2. カレン・ホワイト事件
2017年、イギリス法務省はトランスジェンダーの受刑者について新しい政策を導入した。それ以前はトランスジェンダーを認めるためには医療上の診断等が必要だったが、新政策は受刑者が自分自身のジェンダーを定義し、それに従って扱うというものだった。その背景には、女性用刑務所に収監されることを希望していたトランスジェンダーの受刑者が男性刑務所で2人自殺するという事件があったばかりで、収監されているトランスジェンダーを保護するべきだという批判が起きていたことがある。同年、トランスジェンダーを自称するカレン・ホワイト(男性として出生)は傷害事件で逮捕された。収監時、ホワイトは自分が女性であると主張し、性転換手術を受けていなかったにもかかわらず、同年9月、女性用刑務所に収監された。その結果、ホワイトは収監されてから3か月の間に、他の受刑者の女性2人に性暴行をはたらいた。法務省はのちにこの事件について、女性刑務所送致が適切でなかったとして謝罪し、現在ホワイトは男性用刑務所に入っている。

3. ローリングのトランスジェンダーに関する発言
このような事件もあり、イギリス人であるローリングは、かつて自身が性暴力の被害者となった経験から、女性達の安全を保護する為にも生物学的性別での区別が必要だと考えるようになったと発言している。また、ローリングは生物学的性別の軽視に批判的で、メディアが性自認は女性だが身体が男性であるトランスジェンダーに配慮し所謂「女性」という言葉を「月経のある人」と言い換えたりするような行為は侮辱的であると考えている。非難の直接の切掛けとなったのは2020年6月7日、自身のTwitter上で「月経のある人」との見出しの付いた記事を引用し、「そういう人々を表す言葉が確かあったはずだわ。『おんな』とかなんとか」と揶揄したコメントである。また、同日には「性別がリアルでないなら、同性愛も、世界中の女性が生きてきた現実も存在しない。私はトランスジェンダーの人々を知っているし、愛している。けれど、性別の概念を無視すれば、多くの人々から自らの人生についての意味ある議論の機会を奪ってしまう。真実を話すのは、嫌悪ではない」と述べた。

4. ローリングへの非難の過熱
これまでトランスジェンダーを支持する著名人らの姿勢は一貫して「身体が男性(性転換手術等していない)であっても性自認が女性であるならば一切の区別をするべきではない」というものだった。実際「トランスジェンダーの女性と同じ女子トイレを安心して共有できますか」という質問に「もちろんです」と答えたエマ・ワトソン(映画『ハリー・ポッター』シリーズで人気となった女優)はメディアから称賛されている。そのようななか、上記のように生物学的性別での区別の必要性を主張するローリングは、主要なトランスジェンダー団体の推進する「性自認を尊重する」立場に攻撃的であるとみなされた。特に映画『ハリー・ポッター』シリーズで主人公を演じ人気俳優となったピーター・ラドクリフが「トランスジェンダーの女性は女性だ。それに反するコメントは全て、トランスジェンダーの人々のアイデンティティと尊厳を攻撃するもので、ローリングや僕よりはるかにこの分野の知識がある専門医療団体の意見に反している」との声明をLGBTQ(同性愛者・性同一障害者)コミュニティの自殺撲滅を目指すチャリティ団体ザ・トレヴァー・プロジェクトを通して発表するとローリングは「反トランスジェンダー主義者」のレッテルを貼られることになり、インターネットを中心に非難が過熱していった。
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星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文地理学的解説」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。