【写真】凶弾に倒れた安倍晋三元首相

安倍晋三元首相についての2論説-1
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説4-1(22年7月9日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。
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「安倍晋三による戦後日本の再建」/ゲストエッセイ/トバイアス・ハリス(著書に『The Iconoclast:Shinzo Abe and the New Japan』)

 2007年1月、安倍晋三は第166回国会開会式後、戦後最年少となる52歳で首相に就任してわずか数カ月で、自らの政策をまとめた演説を行った。

 演説の大半は、ありふれた政策を並べたものにすぎなかった。しかし、その中に、安倍晋三という人物の人となりがよくわかる一節があった。「私の使命は、今後50年、100年の荒波に耐える新しい国家像を描くことにほかなりません」。

 私は、安倍元首相についての著作を執筆中も、そして金曜日に起きた暗殺について考えるときも、たびたびにこの台詞に立ち返っていた。彼は小さな考えに満足するような政治家ではなかった。彼の家族は西日本の山口県出身である。1867年、天皇が復権し、倒幕派が近代国家を建設した明治維新。山口県はその立役者たちの故郷である。彼は、それらの指導者たちを尊敬していた。

 明治日本の指導者たちが築こうとしていたのは、単なる近代国家というだけではない。アジアを蹂躙する欧米列強に対抗できる国家を作ろうとしたのである。安倍元首相が「荒波に耐える国づくり」と言ったように、その基本的な感覚を彼も共有していた。

 安倍元首相は国益主義者であり、自国が国家間の激しい競争にさらされていると考え、政治家の使命は何よりもまず国民の安全と繁栄を確保することだと信じていた。しかし、彼は同時に国家主義者でもあった。つまり、その義務を果たすのは、最終的には国家とその指導者の責任であると考えたのである。したがって、安倍元首相が理想主義者か現実主義者かという議論は的外れである。彼は、世界の危険な状況の中で日本国民を守るために、日本国家を強化しようとする政策を繰り返し行ってきた。

 例えば、安倍元首相や他の保守的な政治家たちが、日本版愛国心教育を学校に導入し、彼が「自虐史観」と考える戦時中の残虐行為を論じた歴史を教える教科書を選択排除したことなど、一見イデオロギー的に見える決定も、根本的には国家の強化につながるものだった(教科書の選択排除がその目的を達成するかどうかは別として)。彼を批判する者たちは、これにより日本の平和維持を支えていると信じられていた教科書の中核的な思想が弱められることを懸念した。しかし彼は、強い国家には、自国に誇りを持ち、必要なら武器を取ってでも国のために犠牲を払う国民を育てることが必要だと考えていた。

 安倍元首相の国家主義は、他の分野でもわかりやすい。「戦後レジームからの脱却」、すなわちアメリカの占領下およびその直後に導入された制度の自律的撤廃というスローガンを第一次内閣の時に使い、第二次内閣の時もこのスローガンは彼の政策構想を特徴づけるものであった。特に戦後憲法とその第9条(戦争放棄の平和条項)は、日本の自衛能力を制約していると考えた。

 2期目には、憲法9条を解釈変更し、集団的自衛権の行使を認めるよう政府に指示し、一定の場合には同盟国の軍隊を支援することができるようにした。その後、9条を含む憲法改正を提案し、2020年までに批准すると公約したが、失敗に終わった。

 このように、安倍元首相は過去を反省する国ではなく、米国や他の同盟国のような強固な国家安全保障体制を備えたトップダウン型の政府を作りたかったのであろう。北朝鮮が核武装し、中国が経済力とともに軍備を増強していく中で、この構想はさらに急務となった。彼は北京と政治的・経済的に安定した関係を維持することに否定的ではなかったが、中国が日本の安全保障にもたらす危険性について決して目をつぶることはなかった。

 アベノミクスと呼ばれる金融、財政、産業政策の三本柱でハイテク産業や持続可能な労働力を育成する政策も、安倍元首相の国家主義を反映している。彼は遅ればせながら、日本が他国と競争するためには、長期的な経済停滞を終わらせる必要があると考えるようになったのだ。

 日本国家を強化するという安倍元首相の構想は万人受けするものではなかった。国家、特に安全保障体制を強化するという彼の熱意は、しばしば大きな反発を招いた。年配の日本人は、戦時中の日本の姿が脳裏に刻まれており、日本の軍事力の再構築に抵抗があり、若い日本人も時には動員され、彼の動きに反対した。

 しかし、安倍元首相が亡くなったとき、日本人はようやく彼の構想に賛同するようになったのではないだろうか。ロシアのウクライナ戦争もあり、軍事費増額支持の声が強まった。

 自称リベラル派の岸田文雄首相までが、自衛隊の戦力強化のための軍事費増額に賛成している。これは、安倍元首相の30年のキャリアにおいて、自民党がいかに彼の構想に共感していたかを示している。

 安倍元首相の判断は必ずしも常に適切ではなく、その行動は権威主義的な面もあったが、21世紀の「荒波に耐える」ための政策をより明確に打ち出し、実行できる国家を日本に残したと私は考えている。

 時に孤独な戦いを続けた安倍元首相は、世界の危険な状況の中で自国を守れる強い国家というビジョンを日本人が理解し始めた矢先に突然の死を迎えることとなった。



 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。