伊勢崎市の副市長に4月、元総務省自治行政局公務員部福利課長で北九州市副市長も務めた藤原通孝氏が就任した。下城賢治副市長(昨年4月就任)との2人副市長体制は、2005年の市町村合併以来17年ぶり。昨年1月に就任した臂泰雄市長の肝いりの政策のひとつで、その思いを受けた両氏にインタビューした。第2回目は藤原副市長。

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 赴任してきたばかりでまだ地理もよくわからないまま、ふらりと訪れた三光町の相川考古館。丁寧な説明を受けた様々な展示物の中で、印象に残ったひとつが、国指定重要文化財の埴輪「盛装男子」だった。最近訪れた国立博物館に展示している、同じ古墳から出土した「盛装女子」を思い起こし「いつかどこかで、ご一緒になられるといいですね」と、この話題をロマンチックにまとめた。

 上植木本町の八角形倉庫で注目を集めた「上野国佐位郡正倉跡」(三軒屋遺跡)、近代産業の一角を担った伊勢崎銘仙などの織物産業にもふれ、「地域文化や(藩主が領内に設けた)寺子屋よりも高度な郷学が支えた」と指摘する。「当時は水戸藩ですら14校しかなかった。その中で伊勢崎藩内には25校もあった」と淀みなく数字を並べ、向学心に燃えた藩内の人々の存在を挙げた。

 伊勢崎市の第一印象は「住みやすく、農商工業のバランスがとれた街。それが市政全般にも現れている」。バランスの良さの中にもそれぞれに課題を抱えており、「ここに至る成熟安定期は、時にはある程度のリスクを取ってチャレンジも」と、その必要性を説く。「実際にそうした動きは出てきており、私の仕事は、それらを引っ張ったり、押したりサポートすること」と役割を明確にする。

 まだ全体像が見えず、目につくのは住宅解体跡などの空き地が散見するJR・東武伊勢崎駅南口に広がる駅前再開発・区画整理事業。他自治体にはない風景だが「施行過程の空き地は逆に可能性としてのチャンスと捉えたい」と前向きに語る。外国人の多い地域特性にもふれ、子供たちの家庭での母国語と学校・社会での熱心な日本語学習を評価。静岡県に教育次長として4年間赴任し、「人の一生に大きな影響を与える教育という仕事の奥深さを知った」と振り返る。

 学生時代から毎年、終戦記念日には東京の千鳥ヶ淵戦没者墓苑に参拝している。慰霊とともに胸に刻むのは「戦争を避けるために、自分には何ができるのか」。17年前から始めたブログにも認め、月1回のペースで、その他その時々の思いを綴っている。さまざまな赴任地では「歩くことで周囲が見えてくる」と県内でも前橋・桐生・高崎までを徒歩で散策(帰路は電車)。次は館林の片道33キロに挑む。(2022年9月1日 廣瀬昭夫)

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過去の伊勢崎市副市長インタビュー   吉田文雄氏   村井健三氏
「地域文化や郷学が支えた」住みやすい伊勢崎の今
4月から2人副市長体制【2】 藤原通孝副市長(22年9月1日)
 伊勢崎市の副市長に4月、元総務省自治行政局公務員部福利課長で、北九州市副市長も務めた藤原通孝氏が就任した。昨年4月に就任した生え抜きの下城賢治氏との2人副市長体制は、2005年の市町村合併以来17年ぶり。昨年1月に就任した臂泰雄市長の肝いりの政策のひとつで、その思いを受けた両氏にインタビューした。1回目は下城副市長。

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 「どこかに適地はないかと、市内への企業進出の引き合いが多い」と顔をほころばせる。悩ましいのは今すぐ提供できる土地がないことだ。群馬県企業局で境北部工業団地と南部工業団地周辺などで造成に向けた作業を進めており、市としては周辺環境整備など「今できること」に力を注いでいる。並行して取り組んでいるのが立地既存企業の底上げサポート。

 副市長として産業経済の他、総務、市民、環境、健康推進、農政、建設、都市計画など、日々の施策に関わる部を所管している。地域の活性化や賑わいの復活も大きな課題だが、コロナ禍がもたらした空白の2年間が「とにかくきつかった」とうなだれる。花火大会や各種のお祭りなど「新しく始めるようなもの。お囃子の指導者も見つからない」などダメージも深刻で、新たな賑わいの創出には、さまざまな協議会の設置で打開を図る。

 「そういうことだったのか、国の考え方や方向性は」。高い見識と情報の引きだしの多さに驚かされ、刺激を受けたのは藤原通孝副市長の日々の市政への取り組み。それぞれに担当所管はあるが、垣根を超えた「情報の共有化」の重要性を痛感し、臂市長が掲げる「Transforming Our World」(私たちの世界を変革する)に向けてタッグを組む。一人副市長の重圧から解放されたことに対しては「頼り切ってはいけない」と自戒する。

 行政側にとっては、まさかの中止に追い込まれた、波志江沼への新観覧車建設問題。その最中は秘書課係長としてマスコミ対応に忙殺された。市政が大きく揺れた過去にふれた時は複雑な表情をみせた。胸を張ったのはコロナ対策。12歳未満は当時、対象外でワクチン接種できなかったため、PCR検査キットを幼稚園、保育園、小学校などに配った。接種現場には職員も派遣している。

 40年ほど前に市職員のバレーボールチームで全国大会に出場した。高じて子供のミニバレーチームでは、指導者として多くの時間を割いた。最近とりわけ気になっているのが”激太り”。コロナ禍で家飲みも増え"休肝日"を求められている。対策のひとつが家庭用自転車マシンの導入。総務部長時代に片道2キロの自転車通勤実績もあり「30分程度、ほぼ毎日こぐようにしている」と、その効果に期待をかける。(2022年8月24日 廣瀬昭夫)

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過去の伊勢崎市副市長インタビュー   吉田文雄氏   村井健三氏
「国の考え方知る」藤原副市長を迎え多くの刺激に
4月から2人副市長体制【1】下城賢治副市長(22年8月24日)
 同人誌「伊勢崎文学」(年1回発行)では表紙絵も任されている。最新号のタイトル「踊り明かそう」(2022年第42号)では、月下で華麗にワルツを踊る女性たちをシャガールの抽象画風に描いている。数年前までは木造のJR伊勢崎駅舎、レンガ塀、銭湯など、伊勢崎市内の消えゆく建物が続いた。気さくさと絵心を見込まれ、同人誌に係わるようになったのは、2001年の第21号から。ほどなく会員として随想などの投稿も始まり、次第に「のめり込んでいった」と控えめに語る。

 最新号の小説「加代さんとゆきさん」は戦前が舞台。師走を控えた気もそぞろなある日。久しぶりの顔見せに姉を訪ねた妹。交わす、こてこての上州弁(118項目の標準語言い換え注釈付)で、当時の暮らしぶりや世相をほのぼのと活写した。前号の「バックホーム」は終戦直後の甲子園出場をかけた高校野球が舞台。逆転負けを喫した捕手の痛恨の落球を、還暦を迎えた主人公がほろ苦く思い起こす。スリリングな試合描写には、思わず惹き込まれる。

 「文学は素人で他に適任者はいたが、最年長ということでお鉢が回ってきた」同代表。投稿作品の批評会では先輩、後輩関係なく「喧嘩するくらい」の激論を交わすこともしばしば。当初は飲み会も兼ねての批評会だったので、時には荒れることも。代表となって提案したのは、批評会と飲み会(食事会)の分離開催だ。行政組織で培った「互いに尊重しあい、和をもって」の信条をここでも活かしている。

 まだ終戦の混乱が続く1951年に伊勢崎市役所に入った。研修と称して、いきなり滞納者の差し押さえの赤紙張りに駆り出された。高校卒業の同期とは、数か月遅れの臨時採用からのスタートだった。その後はバランスのとれた行政手腕で主要ポストを歴任。高校の美術部以後も絵画研究会などに所属し、絵筆を握り続けてきたことで重宝がられた。市主催のイベントポスター制作など、律儀に勤務時間外で対応した。

 「本にまとめたら」と奨められ、自身も気にいっている初期の連作随想「伊勢崎は遠くになりにけり」。失われてしまった郷土の街並みや人情、だるま市などの風物に郷愁を込めた。連作の続きともいえるのが、拳銃発砲事件から紐といた前号の「伊勢崎の本町通り」、最新号で自宅もその対象になっている「長すぎた駅前区画整理」。行政に忖度しない、元行政マンの地元に注ぐ視線は、人一倍、郷土愛にあふれている。(2022年5月30日)

同人誌「伊勢崎文学」代表 中澤響二さん
郷土愛にあふれた連作随想「伊勢崎は遠くなりにけり」
同人誌「伊勢崎文学」代表 森村俊之助さん(2022年5月30日)
 伊勢崎商工会議所青年部(YEG)が創立40周年を迎えた。伊勢崎市文化会館で1月22日、コロナ禍により、招く関係者を制限して記念式典を開く。参加できない関係者のためにはYouTube配信を行う。元東北楽天ゴールデンイーグルス監督の大久保博元さんが「私の野球人生〜野球から学んだ経営組織運営〜」をテーマに講演。さらに記念事業として、将来を見据えて策定を進めてきた、中期ビジョンを発表する。

 記念式典では、もうひとつ、数年前から取り組んでいる大きな動きにもふれる。群馬県内で2025年に開かれる日本商工会議所青年部主催の全国大会だ。その開催地となれば、地域の経済波及効果、認知度の高まりが期待される。そこで伊勢崎YEGは、県内でいち早く立候補した。プレゼンを重ねる中で「それなりの手ごたえも」と、引き続き着実な誘致活動をアピールする。

 恒例3大事業のうち「いせさきまつり」「もんじゃ祭り」は、昨年に続き中止を余儀なくされたものの「ミスひまわりコンテスト」は再開した。YouTube配信のファイナリスト10人を、一般参加者も加えたオンライン審査に切り替えるなど、コロナ禍で事業の見直しも図り、様々な手法を探った。組織人事では8委員会の委員長に、2人の女性を含む、若手を抜擢している。

 子供たちには「野菜の収穫・染物」「手作りイルミネーション」体験会を開いた。伊勢崎市に40冊を寄贈した「渋沢栄一から学ぶ絵本『おかねってなぁに?』(渋澤健監修 作:岡田さえ 日本商工会議所青年部制作)」の渋沢は、親団体の始祖でもある。「Plus YEG 〜繋がる絆、紡ぐ想い〜」をスローガンに掲げ、コロナ禍という逆境の中でも「仲間とともにプラス思考で可能性を探りながら、未来に想いを繋げていきたい」と前を向く。

 会社経営では「食」で時代の変化とニーズを読み、事業領域と地域を県内外に開拓、拡大してきた。入社当時は建設現場宿舎の食事提供・管理。四国や青森に足を運んだこともあるが、期間限定がネック。安定市場を求めて現在は、学生・運動部寮、社員食堂や介護・高齢者施設などに、献立作成から食材配達など求めに応じて様々なサービスを提供している。その延長で、MEGAドン・キホーテUNY伊勢崎店(三室町)内レストラン「まんぷく亭」の営業も、開発事業の一環として取り組んだ。

 「食で笑顔と命をつなぐ」が会社のモットー。自身は会話で相手を笑顔にさせる。その笑顔で高校時代に出会った同級生と、3年間の太平洋をまたぐ遠距離交際を経て、つかず離れずの大恋愛を実らせた。出会いから10年目の大安の日に、東京ディズニーランドのシンボル、シンデレラ城前で婚約指輪を手にプロポーズ。中学3年の一人娘と3人の毎年恒例の家族旅行では、多い時は3連泊し、ディズニーシーも含めた、愛と夢と冒険に満ちた、おとぎの国を楽しんでいる。
「プラス思考で事業を見直し可能性探る」
伊勢崎商工会議所青年部会長 田沼健太郎さん(2022年1月18日)
【国政は立憲民主党が惨敗した衆院選総選挙が終わり、来夏には参院通常選挙が行われる。この間、伊勢崎市議選(4月24日投開票)を控えている。そこで市政の現状について伊勢崎市議会の正副議長に、それぞれの目を通した考え方、取り組みを聞いた。2回目は吉山勇議長】

 「工業団地造成に民活、保育/介護/看護の人材確保に投資」

 議長として心がけているのは「長年にわたって積み上げられた先例を踏まえた議会運営」。時には疑問に思う前例のない事態に、その経緯を調べて改善するなど柔軟に対応してきた。出産を控える議員の出産前後の休業規定はそのひとつ。昨年策定した新型コロナウィルス感染症に対する市議会対応マニュアル。「現実に発生して分かることもある」として議員の感染報告を受けて改定も行った。

 「伊勢崎市議会に限らずほぼ全ての地方自治体において、その機能は不十分」と、二元代表制の現状を語る。市政運営の細かなルールは執行で作成し、各事業案件の是非は執行が提供する情報に基づいてチェックする仕組み。「議会が決めた市政運営のルールに則り、執行状況をチェックできる状態まで進化させたい」の理想は、限りなく高い壁に阻まれている。それでも「少なくとも議会にはその責任がある」と、言葉に自覚と自戒を込める。

 経営者らしい発想で期待を寄せるのは、民間企業の資金力と事業運営能力を活用する「民活」だ。税収増に向けた投資として、民間の工業団地造成や企業誘致、市民プール再建などに、その活用を提案する。人的投資として挙げたのは保育・介護・看護などの学生への市独自の奨学金制度の充実。「こうした人材の確保が困難を極め、早急な対応が必要」と訴える。

 高校卒業後に携わった家業の飲食店経営で、社会人としての経験不足を感じた19歳の時。バスを乗り継ぎ米国を一周する旅に出た。ロスを起点にメキシコ・アカプルコに抜ける45日間の旅の途中、ニューヨークに立ち寄った。摩天楼のビル群に立った時、1年後にはこの地で生活してみようと決めた。米国で語学学校にも通い、飲食店の出前注文の電話を受けながら英語を覚えた。3年と決めていた滞在は6年に及んだ。

 ニューヨークで刺激を受けたラテンジャズやサルサなどの新しい音楽文化。帰国後に地元の人に楽しんでもらおうと、自身経営のお店に毎月、東京から演奏家を呼でみたが、商売としては続かない。市議立候補の動機のひとつは「こうした音楽の楽しさを行政にも手伝ってもらい広めることができたら」。もっともいざその立場になると「他に対応すべきことが山ほどあり」、手つかず状態が今も続いている。(2021年11月28日)

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「理想は議会が決めたルールで執行チェック」
正副議長に聞く 伊勢崎市議会のいま 吉山勇議長【2】
 【国政は立憲民主党が惨敗した衆院選総選挙が終わり、来夏には参院通常選挙が行われる。この間、伊勢崎市議選(4月24日投開票)を控えている。そこで市政の現状について伊勢崎市議会の正副議長に、それぞれの目を通した考え方、取り組みを聞いた。1回目は須永聡副議長】

「より開かれた議会改革に期待」市議会基本条例制定 

 議会運営の原則・責務や機能強化、災害時対応などを定めた市議会基本条例案が意見公募を経て、来年3月定例会に議員提出議案として上程される見通し。制定過程の意義と明文化による「より開かれた議会改革などへの取り組みの加速」に期待を寄せる。県内では既に制定自治体もあるが、市条例案は制定で終わらせず、選挙ごとの任期開始後に検証、見直し、市民への公表、改正と踏み込んでいる。

 使い道や透明性が求められる地方議会の政務活動費。領収書、視察等報告書、会計帳簿を会派ごとにホームページで公開し「交通費以外は1円まで領収書を添えて報告している」とその透明性を誇らしげに語る。一議員の上限額は月額3万5千円で、会派所属議員数に応じ、原則4半期ごとに交付される。旅費算定を定額から実費支給、前払いから後払いに変えたのは2017年度から。「年度当初は持ち出しが多くて」と、それなりの窮状に頭をかく。

 とはいえ市議会が他自治体先進地に後れをとっている部分も少なくない。また多くの地方議会に共通する、「執行が決めたことを承認しているだけの追認機関」的な市民の受け止め方を否定しない。議会開会や運営の自由度/一問一答による深い議論/政策立案/行政チェックなど、「行政と『真剣勝負』の関係をつくりたい」と意気込みを語る。加えて「議会は制度を変えられる」という「議会の存在意義」を市民に実感してもらう重要性も強調する。

「秘書時代に怒られたことは一度もない」と、14年間仕えた笹川堯元代議士の意外な一面を明かす。笹川氏を政治の師と仰ぎ、その信条「政治とは弱者のためにある」を自らにも課し、政務にあたっている。最初から政治家を志したわけではなかったが、薫陶を受けていつしか「地域の小さな声を拾う」という気持ちが芽生えていった。最後まで迷った就農への憧れは、立候補時に封印している。

 バックパッカーの間ではバイブル的存在の「深夜特急」(沢木耕太郎著)を、学生時代から愛読していた。ワーキング・ホリデーで人気のあるオーストラリアのケアンズ。大学卒業後の半年間は、大自然の中でキャンピングツアー助手や砂金堀を経験するなど青春を謳歌した。現在はコロナ禍もあり、旅に出られないストレスをメダカで癒している。10鉢の水槽の餌代はわずかで「あとは、ほとんどほったらかし状態」の手軽さも楽しんでいる。
(2021年11月17日)

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「行政と『真剣勝負』の関係をつくりたい」
正副議長に聞く 伊勢崎市議会のいま 須永聡副議長【1】
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