次期衆院選(10月19日公示、31日投開票)で群馬2区から出馬する、堀越啓仁前衆院議員(立憲民主党)と元衆院議員の石関貴史氏(無所属)に、政策を中心に考え方を聞いた。井野俊郎前衆院議員(自民党)は「多忙の折」として取材ができなかった。1回目は自らを「伴走型」とし、人に寄り添う政治スタイルが持ち味の堀越氏。 

 家庭医療制度の充実と予防医療に注力

― 自宅療養を余儀なくされ、死に至るコロナ感染者も出た医療崩壊の大きな要因と、今後のコロナ対策について。

堀越 日本の医療機関は公営30パーセント、民間70パーセント。コロナを封じ込めている国はこの逆だ。効率化だけを求めた地域医療機関の再編・統合などで日本の医療制度は崩壊し、コロナ禍対応で表面化した、ということだと思う。現制度のままの対策では医療費が増大するばかりだが、まずは病床の確保を急ぎたい。今後の大きな仕組みとしては、家庭医制度の充実が必要。疾病治療に診療報酬を払うのではなく、地域で病気がなくなったら診療報酬を支払うなど、予防医療に力を注ぐことが重要になってくる。

― コロナ禍で経済がますます疲弊、停滞しています。どのような対策が必要でしょうか。自国通貨を自由に発行できる国は財政破綻しないとする「MMT」理論についても所見を。

堀越 プライマリーバランスの均衡、財政規律は一旦凍結し、大胆な財政出動を行うべき。消費を促す給付と減税、とりわけ持続化給付や低所得者層を対象とした給付金は絶対に必要。党が提案している1000万円以下の所得者の所得税免除、消費税の5パーセント減税などで全ての人に恩恵が行き渡ることを実施したい。「MMT」理論については財務省のホームページにも書いてあるが、そういう雰囲気はない。私は割と支持しており、京大の藤井聡教授をお招きして何度も勉強会を開いている。

 生活安定に非正規労働者問題解決へ

― 以前から叫ばれ続けている少子高齢化問題は、未だに先が見通せません。

堀越 非正規労働者が50パーセントに届こうとしている労働行政を変えていかないと解決しない。生活が安定することで、結婚や子供を産もうと考える人は増えてくるはず。さらに国が出生や子育て、教育に、より予算を割くことが必要だと思う。労働力不足にはITなどテクノロジーを活用したい。

― 激しい米中対立の中、台湾を巡る緊張も高まっています。外交、防衛もこれまで以上の慎重な対応が求められます。憲法9条改正の是非についても所見を。

堀越 日米同盟の強化がさかんに叫ばれているが、これだけに頼る楽観論は避けたい。加えて緊張関係にある諸外国と外交のパイプを築くこと、それをより強固にすべきだ。憲法9条の個別的自衛権は認めるが、なし崩し的に決められた集団的自衛権には反対する。憲法9条の改正論議は必要だが、前提として国家権力の専制化や恣意的支配を防止・制限する立憲主義を理解し、政権を縛る鎖を強固にしないといけない。

 代替エネルギーに水力活用も 

― 脱炭素社会に向けて世界が一気に動き出しています。国は原発稼働を組み込んだエネルギー政策を進めていますが。

堀越 原発は基本的に即停止で、再稼働、ましてや新・増設はありえない。代替エネルギーの安定的供給としては、水力の可能性に期待している。機能を持たないダムの後付け工事による水力発電、小水力として農業用水も嵩上げ工事で対応が可能だ。河川法を改正し、治水・利水で水エネルギーの有効活用を推進したい。

― 選挙のたびに投票率の低さが目立つ伊勢崎市ですが、市民、とりわけ若者の政治への関心を高めるために何が必要でしょうか。

堀越 若者が政治から離れていくのではなく、政治が若者を遠ざけている面もある。潜在的な関心はあり、そこに我々がコミットできていないだけ。私の場合、日々さまざまな形の座談会を開き、これを積み重ねている。若い人が「楽しいから、面白いから行ってみよう」と次の集まりに、他の友人に声をかけてくれる。そんな連鎖で、政治をもっとカジュアルにしていきたい。
座談会
 【写真】玉村町内で県立女子大生が主催した「ごちゃまぜ座談会」(中央左が堀越議員)

 深夜のファミレスで仲間に背中押され政界へ 

 【横顔・取材メモ】 福祉医療現場で働く中で、周囲の環境が国の施策から置き去りにされているという危機感を覚え、野党統一候補擁立に向けた市民ネットワークをつくった。候補者が絞り切れない中、仲間と話し合う深夜のファミレスで、最終的に背中を押された。

「1日にほぼ3回は着替える」というのは、主催の他、招かれた座談会、高座、政治ラボなど、集まりの雰囲気に合わせるため。ほぼ週末はこうした集会で埋まり、ネクタイ姿は少ないという。介護士や保育士、障害児の母親など、とりわけ女性グループが多い。わかりやすく、同じ目線での語りかけが、集会の連鎖を呼んでいる。

 政治家タイプとして「その能力は決して高くない」と分析し、自らを「伴走型」と捉える。補強手段のひとつとして、コミュニティシンクタンクの確保も計画している。一方、バンドマンのキャラクターを活かした情報発信には長けている。インスタグラムのフォロワー16,000人は「政治家としては多いほう」と胸を張る。

 休日は子どもたちと近場のキャンプなどで過ごすアウトドア派。議員活動の合間の僅かな休憩は、バンド活動のためにとギターやウクレレの練習に忙しい。作曲活動では新曲が完成し、近くSNSなどに配信する。タイトルは「約束」。(2021年10月12日)

              【1】 【2】

コロナ禍疲弊経済に「給付と減税で消費促したい」堀越啓仁氏
次期衆院選群馬2区「候補者に聞く」【1】

 昨年11月30日放映のテレビ東京「Youは何しに日本へ?」。番組スタッフが、日光を観光中のロシア人と行き会い、アポなし取材で三日月ホテルを訪れた。25年ほど前にショーのステージメンバーとして半年間滞在し、あいまいな記憶を頼りに辿り着いたロシア人。ホテル内でも当時を知る人もなく、菊池さんもすぐには思い出せなかったほど。ホテルマン生活の中でも「印象に残るエピソード」として、懐かしそうに語る。

 全259室、1000人収容のホテルは、東武線鬼怒川駅から徒歩3分の温泉街の玄関口に威容を誇る。“北関東最大級のリゾートスパ”として屋上大プール、階下に一周100メートルの温泉プールなど各種スパ施設を併設。耐震化に伴う改装で、玄関ロビーから続くテラスには、渓谷を見下ろすインフィ二ティプール(縁なしに見える)を昨夏新設している。資金繰りにあえぎ、老朽設備のままで凌いだ、前身のホテル時代の苦労も振り返るが「コロナ禍の現在が最も苦しい」と訴える。

 GOTOトラベル事業、緊急事態宣言などで稼働が大きく振り回された中、休業中や閑散期はコロナ対策の徹底や人材育成に力を注いできた。とはいえ「お客様を前にしなければ経験値は深まらない」のが実情。「一度、暇に慣れると繁忙期は気持ちと身体がついていかない」など、コロナ禍の大規模ホテルの悩みは尽きない。9月末までの緊急事態制限解除で絶景の紅葉シーズンを前に「アフターコロナに向けて社員一同が一致団結し、お客様をお迎えしたい」と気を引き締める。

 大学時代から飲食店のアルバイトなどで接客業の楽しさを覚えた。大学はスキーサークルで4年間、冬を苗場で過ごした。その延長感覚で選んだホテル業界。営業マンとしての旅行代理店回り時代が長く「何もしなくてもお客様に来てもらえた」バブルも含めた良き時代もあった。一方、仕事柄、人並みの休日を取れず、旅行などの家族サービスには悔いを残してきた。正月2日などに郷里の友人が新年会や同級会の席から電話が入ることもあるが、「参加は定年後」と諦めている。

 180センチの長身から繰り出すドライバー飛距離が「最盛期250ヤード」のゴルフ。支配人就任以降の多忙と最近の時節柄などもあり、なかなかグリーンに足を運ぶことが少ない。その代わりとして、合間を縫って出かけるのが湯西川、川治温泉などの公営日帰り温泉施設。ホテルやその他の民間温泉施設は「顔が知られているので」と苦笑いする。(2021年10月1日)
「アフターコロナに向け、社員一同が一致団結」
日光きぬ川スパホテル三日月 支配人 菊池保匡さん
 伊勢崎青年会議所(JC)活動には、不定期の恒例事業がある。市長選や衆院選で市民の投票を促そうと開く、立候補者公開討論会だ。開催時期、実施の有無は、その時々の状況で変わる。1月17日投開票の伊勢崎市長選は、五十嵐清隆前市長の出馬表明で一旦は無投票かと思われたが、その後の辞退で新人の出馬が相次ぎ選挙戦となった。一方、10月21日で任期満了を迎え、実施が確定している衆院選は、着々とその準備を進めている。

 コロナ禍で開催した市長選で3人の市内高校生を司会に起用。会場の様子を動画投稿サイトのユーチューブに配信した。会場とWEBによるアンケート調査でも手応えを感じたという。衆院選では新たに投票者特典サービスイベント「センキョ割」を計画、協力店舗の募集を始めている。啓発動画も制作、配信する。わずか1年の理事長在任中に2回の公開討論会は異例だが「4年前にも理事として関わったから」と、淡々と受け止める。

 5月開催を予定していた主要2事業。コロナ禍で延期を余儀なくされたが「SDGs」啓発イベントは7月24日、「防災教室」は9月23日開催と、仕切り直しを図っている。今年度のJCスローガンは「今こそ示そう若者の力 今を駆け抜けその先へ」。「こんな時代だからこそ我々の若さで、未来を見据えて地域社会をより明るく豊かに変えていきたい」と、若さの特権を高らかに掲げた。

 自身にとってのJC活動は「鍛錬、研鑽、成長の場」。総合保険代理店の経営にも、それらの学びが活かされているという。業界の激変には、日々新たな知識が求められる。知識だけでは補えない総合的な知恵を、自身のネットワークでカバー。「信頼関係の基、寄り添う気持ちで長いお付き合い」が信条だ。対面必須の保険営業だが、オンラインツールによるWEB面談、非対面申込ツールの積極的導入でコロナ禍に対応している。

 仕事やJC活動も含め、日々が複数の事を同時進行するマルチタスク業務。時間管理を学び、優先順位づけ能力を高め、物事を切り替える柔軟性を養い、日々の業務をこなす。といっても基本はマイペース。多忙な中で空いた1日は、時に登山でリフレッシュする。「体力、持久力には自信がある」ことから、以前はシティーマラソン参加も。結婚にも焦ることなく、のんびりと構えている。(2021年8月17日)
衆院選で新たな取組、投票促す立候補者公開討論会
伊勢崎青年会議所 第58代理事長 矢島敏也さん
 桐生川ダムやノコギリ屋根などが登場することもあり、題材に取り上げた「ノースライト」(横山秀夫著)。伊勢崎市内の読書グループ、赤石読書会(桐野嘉六会長)が、店内で開いた特別例会で、講師依頼を受けた斉藤さんが同書を読み解いた。主要登場人物の紹介から全体像に迫り、細部に至る推察を披露。ご愛嬌の脱線ぶりは、教員時代を彷彿とさせる。

 経済学部に在籍していた大学1年の夏。「夏の流れ・正午なり」(丸山健二著)の出会いに衝撃を受け、文芸学部に編入した。沢木耕太郎のノンフィクション作品にも刺激を受けた。「時代小説の他、何でも」と、今も週1冊のペースで本を手に取る。教員時代にフェルメールやアンドリュー・ワイエスに魅せられ、欧米の主要な美術館を訪れた。県職員として美術館や博物館への異動を模索したこともある。

 国語教師として38年。最初の頃の教え子に、将棋の北島忠雄七段がいる。著書「解明!相穴熊 最先端」が贈られ、今でもハガキのやり取りが続いている。最後の10年間は伊勢崎高校で、将棋部顧問を務めた。未体験でも優秀な女子部員を新たに募り、指導の末に富山市で開催された全国大会に導いた。もともと各校の女子選手層の薄さが幸いしたことも明かす。

 定年後は当初から飲食店開業を計画していた。学生時代は都内・新橋でカレー、とんかつ店のアルバイトに明け暮れ、性にあっていた。店舗探しは伊勢崎市内から始めたが、家賃や土地柄も考慮し、元新聞販売店を改装した現店舗に辿り着いた。2階を絵画や写真展などのギャラリーとして活用。1階でコンサートの定期開催など、地域の交流拠点として親しまれている。

 店の営業は午前7時から午後3時までで、火・金曜が定休日。予約など来店数が予想されるときは妻の千代美さんの助けを借り、普段は1人で切り盛りしている。様変わりした現在のコロナ渦と違い、開店当初は順調だった。以後も数年間は元同僚や教え子で賑わい、その後は徐々にご近所さんに繋がっていく。その様子を地元紙に、手慣れた筆致でエッセーに綴っている。

 来店者のとの交流が「楽しくてしょうがない」と充実した日々を語る。「儲かってないけどね」と続ける。「天職では?」と最近、カフェ経営同様に力を注いでいるのが、1カ月に1本のペースで執筆を始めた週間フリーペーパーのリポーター。最近の題材は天幕城跡(伊勢崎市)や賀茂神多(桐生市)など。多忙でまとまった休みが取れないのは、8年前から飼い始めた迷い猫、店名となった「ショコラ」の存在も大きい。
(2021年5月31日 廣瀬昭夫)
充実人生 高校教員経て 念願の飲食店経営
「CAFE〜風の詩〜ショコラ」店主 斎藤智徳さん

 「被災した高齢者の心の復興と生きがい・地域コミュニティーに関する研究」−東日本大震災の教訓として気仙沼市を中心に−。東日本大震災の被災者でもある、伊勢崎市在住の太田初子(76歳)さんが、東京福祉大学大学院生として取り組んでいる修士論文のテーマだ。東京・池袋キャンパスへは往復通学時間を含めた早朝から深夜までの生活で、体調を崩して一年間は休学を余儀なくされた。履修科目を終えて4月から、論文主査の研究室がある伊勢崎キャンパスで指導を仰ぐ。

 気仙沼市内の中学卒業を控えたある日、小銭を並べた前で「ごめんね」と涙を浮かべた母の姿が忘れられない。卒業後は群馬県大泉町の東京三洋電機(現パナソニック)に就職。20歳で結婚退職し、伊勢崎市内で夫と義母らと個人商店を切り盛りした。1990年に交通事故で長女を亡くし、翌年自らも事故に遭う。手足のしびれや視力低下などの後遺症で、以後歩行器は手放せない。2007年に夫をガンで失うと、ひとり暮らしの父の介護のため気仙沼に居を移した。

 父も看取った後は「これからでも学びたい」という思いをかなえ、気仙沼高校の定時制に通っていた。支えになったのは「賢い人は挫けない」と言った母の教えだ。2011年の3月11日。地震発生後の津波に備え、不自由な身体で一人、マイカーに歩行器を乗せ、避難所に向かおうとした。その最中、大津波に飲み込まれた。「このままでは死にきれない」の思いで耐え、重油の海を漂って1時間半、投げ込まれたロープにすがりついた。

 過酷な避難所生活、仮設住宅暮らしを経て翌年、長男が住む伊勢崎に戻った。決意新たに大学入学を果たすと、孫と同年代の学生らと被災地支援のボランティアサークルを立ち上げる。年に2〜3回、気仙沼に通った。目の当たりにしたのは不自由な生活を送る被災者の苦難。何よりも必要なのは「心の復興」で、とりわけ障害者や高齢者をサポートする地域の仕組みの必要性を痛感した。修士論文のテーマが絞り込まれていった。

 自宅に長男が連れてくる2歳のひ孫。「男の子だけど肌が白くて、女の子のようにかわいいの」と目を細める。夫の死後は気仙沼暮らしで、伊勢崎に戻ってからは、仏壇とベッドの生活空間は店舗の一角で足りている。商売の傍ら絵筆を執り、第一美術協会員だった夫のアトリエに残る人物画や仏画。「キャンバスは100号規模が多い」こともあり、自宅の本格的な片付けはこれからだ。「もちろん、もちろん」と言い切り、常に前を向く言葉に交じって「これからは終活も」が口からこぼれた。
東日本大震災被災者に「心の復興」を
76歳の大学院生 太田初子さん(21年3月8日)

 未曽有のコロナ禍で、あらゆる経済・社会活動が制限されて早1年。青年部として関わってきた夏祭り、いせさきもんじゃイベント、ミスひまわりコンテストの3大事業は中止を余儀なくされた。一方、委員会活動や前橋市内の若手経営者を招いた講師例会などは、オンラインで滞りなく開催。リアルな会員交流では、新型コロナウィルス抗体検査キットで参加者全員検査の上、2面のグランド使用で密を避けた、キックボール大会を試みた。

 昨年4月就任早々に取り組んだのが、市内飲食店のテイクアウト・デリバリー情報の発信だ。青年部卒業生らを中心に運営されている、地域ポータルサイト「imap」に相談、協力を要請し、同サイトから店名、ジャンル、連絡先がわかる一覧ページを素早く情報発信した。青年部で新たなSNSツール立ち上げも考えたが、浸透には時間がかかると判断し即座に動いた。

 昨年2月の一斉休校を機に、自身で最悪のシナリオも想定した仮説計画を立てて準備した。練習も踏まえてリモート会議を先行実施。副会長や各委員長予定者には、各事業の意義や目的のおさらいと今後のビジョンを事前検討してもらうことで、スムーズな4月スターを切った。会員間のSNSツールでコロナ関連の各種助成事業を情報発信する一方、会員の悩みなどを聴くアンケート調査も実施してきた。

 「計画を立て、まず一歩を踏み出す」「どんな状況でも、その中で何が出来るのかを考える」。それらに「臨機応変に対応する」のが信条だ。青年部入会は、親族経営の組織の「外の世界を知り、勉強したい」と自ら門を叩いた。尊敬する先輩で島田工業(伊勢崎市長沼町)の島田渉社長から、刺激的な青年部活動について聞いていたことも大きいという。

 人材派遣業で製造の一端を担うなか、芽生えたモノづくりへの憧憬。部品生産にとどまらない完成品を模索した時、全工程に関わる農業こそが究極のモノづくりに映った。ハウス栽培による通年生産と継続雇用が可能なミニトマトを選んだ。温度・湿度管理を始め、給水、通風を作業所内に設けた制御機器で一括管理している。

 取り入れているのはハウス内のCO2濃度なども環境制御を徹底するオランダ式農業だ。一週間に一度は高さ、茎サイズ、花数などをサンプリング計測。データを蓄積し、空いた時間も「ミニトマトの過ごしやすい環境を考える」。品質、納期厳守の安全安心をベースに、販売先から“是非・・・”と求められる、極上のミニトマト探求に日々余念がない。
(2021年2月14日)
「計画を立て、まず一歩踏み出し、臨機応変に」
伊勢崎商工会議所青年部 第32代会長 畑裕樹さん

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