【写真】国内の7月9日の朝刊各紙一面トップ見出しは「安倍元首相撃たれ死亡」で横並び。写真は毎日新聞の狙撃直後の様子が生々しく痛々しい

安倍晋三元首相についての2論説-2
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説4-2(22年7月20日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。
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安倍晋三による日本再興の失敗/ゲストエッセイ/中野晃一(上智大学教授)

 東京より。7月8日に安倍晋三元首相が狙撃され、その衝撃からやっと立ち直りつつある日本では、平和主義的な憲法改正など安倍氏による日本の再軍国主義化の構想が、その死後も継続されるかに関心が集まっている。

 日本で最も長く首相を務めた安倍氏は、国内では圧倒的な存在感を示し、海外でも影響力のある政治家であった。彼は、よりグローバルに展開する日本を提唱し、米国、オーストラリア、インド、日本の4カ国同盟を推進し、インド太平洋地域構想そのものに着手したと評価されることもある。

 また、攻撃的な軍事力の保持を禁じる戦後憲法の改正(これは果たされることはなかった)を中心に、より軍事的に強固な日本を構想していた。このような構想を実現するため、支持者たちは、強大化する中国への恐怖を駆り立てた。

 しかし、日本はそろそろ安倍氏だけでなく、彼の国家主義的な再軍備政策にも別れを告げるべき時が来ている。日本の政治的・経済的資源は、憲法改正や防衛費増額ではなく、外交による平和の維持と、長年にわたる安倍氏のトリクルダウン(富裕層支援)政策によって揺らいだ経済の回復に集中すべきである。

 さらに言えば、米国が中国との対決に重点を置いている今、日本は謙虚に、そして平和主義的に、中国と米国の間の緊張を緩和するため、北京と再び関係を結ぶことによって重要な役割を果たすことができるのである。

 安倍氏は、2日後に迫った国会議員選挙のために自民党を代表しての選挙活動の最中に撃たれた。その死後には、単純化された賛美の言葉によっては正当化することのできない、いまなお議論があり波瀾に満ちた「遺産」が残されている。

 国内では、安倍氏は反対者を黙らせる傲慢な弾圧者と見られていた。憲法、国会、メディアのチェック・アンド・バランスは彼の在任中には機能せず、政治スキャンダルをめぐって国会で118回もの虚偽陳述をしたことは有名である。

 その歴史修正主義は、韓国や中国など戦時中の日本の残忍な侵略行為に対する怒りがいまだにくすぶっている近隣諸国から不必要に怒りを買った。2013年12月には、第二次世界大戦時の戦犯を含む日本人の戦没者を祀る靖国神社に参拝し、米国から異例の非難を浴びている。彼はまた、日本軍の慰安婦として何千人もの女性をアジアに強制連行したことを含め、日本の第二次世界大戦の蛮行を隠蔽する学校教科書を支持している。

 しかし、安倍氏の経歴において、何よりも日本の国柄とアジア地域における役割を変えてしまいかねないものであったのは国際紛争解決の手段としての戦争を放棄し、日本の軍隊を自衛的役割に限定する憲法9条の改正への取り組みであった。1945年以来、日本が戦争に直接関与せず、経済大国への道に集中できるようにした平和への公約を捨てる理由がないと考える何百万人もの日本人は不安を感じた。

 安倍氏は2006年から2007年、2012年から2020年の2度にわたって政権を担当したが、憲法を変えることはできなかった。その代わり、一定の条件下で同盟国を軍事的に支援することを認める解釈変更に落ち着いたが、これは違憲との批判を受けている。

 自民党の右派が無党派の旗手を失った今、日本が9条を見直すことはないだろう。軍政によって戦争に突入し、アジアに甚大な被害をもたらし、完敗し、唯一の核被爆国となったこの国には、平和への強い思いがある。

 NHKが6月下旬に行った世論調査では、選挙の優先順位で憲法改正を挙げた人はわずか5%で、43%が経済を挙げた。5月の世論調査では、9条改正への世論は賛成50%、反対48%と割れており、70%が改正の機運は高まらないと答えている。

 長きに渡り優勢だった自民党および連立与党は、憲法改正のための国民投票を開始するために必要な3分の2の多数を、参議院で確保した。しかし、これは安倍氏が殺害される前から予想されていたことであり、連立与党の勝利は安倍元首相支持というより、野党内の分裂によるものであった。安倍氏自身でさえ、政権を担当した数年間は3分の2の多数を占めていたにもかかわらず、政治的リスクを理由に国民投票をあえて推し進めようとはしなかった。

 岸田文雄首相に注目が集まっているが、憲法改正に反対してきた自民党の穏健派の代表である岸田氏に国民は何を期待すべきか分からない。これは安倍氏の存在がいかに煙たいものだったか(安倍氏は党の指導者の間で公然と異議を唱えることを禁じていた)を物語っている。選挙後、岸田首相は防衛費の増額を約束し、憲法9条に再び注目することを約束したが、それが亡くなった安倍氏への礼儀以上のものであると考える根拠は乏しい。

 いずれにせよ、岸田首相の手腕が強化されることは間違いない。安倍氏は明確な右派の後継者を残しておらず、彼の死は派閥を混乱させ、岸田首相が国家的な議題に対してより大きな支配力を主張する機会を与えることになる。

 これには、20年にわたる経済停滞を脱却するため安倍元首相が第2次政権で打ち出した財政・金融緩和政策「アベノミクス」による急激な政府支出や規制緩和から脱却するための支持を得ることも含まれる。企業収益は上がったが、公的債務は積み上がり、大胆な構造改革は行われず、賃金は低迷したままだった。そこにパンデミック(世界的大流行)が起きた。円安、インフレ、そしてコロナウイルス感染である。

 岸田首相は、賃上げと貧富の差の是正を最優先するよう主張している。そのためには社会保障費を増やす必要があり、安倍氏が求めた今後5年間の防衛費倍増と衝突するのは必至である。安全保障よりも経済が国民の関心事である以上、岸田首相には9条改正のために貴重な政治資金を浪費する余裕はないだろう。

 対中政策については、岸田首相は安倍政権の外相時代には自らの外交ビジョンをほとんど明らかにしていないが、岸田派は伝統的に中国と関わってきたため、今後は北京との対話を重視した政策を進めることが可能と考えられる。

 安倍氏の悲劇的な死は、後継者たちが安倍氏の影響かから抜け出し、その政策を見直す機会となった。

 9条の保障を撤廃し、日本を再軍国主義化することは、中国との緊張をさらに高め、日本とアジア地域に壊滅的な影響を与えかねない軍拡競争を招くだけである。逆に、平和への公約を再確認すれば、国内資源を経済に集中させることができ、外交による平和を基礎にした近隣諸国とのより良好な関係への扉が開かれる。

 今こそ、安倍氏の遺した「剣」を暮らしのための「鋤」へと打ち直す時である。

 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。

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