ハリーポッターのホグワーツ魔法魔術学校のクリスマス

「ハリーポッター」シリーズ著者 J.K.ローリング擁護のために
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説 10 (2023年2月16日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。地元の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。今回の翻訳について星さんは「日本でも大人気で新刊がでるたびに伊勢崎図書館貸出ランキングのトップに上がる『ハリー・ポッター』シリーズですが、現在作者のJ・K・ローリングはアメリカなどでトランスジェンダー(性同一性障害)の人々に対し差別的であるとして非難の対象となっています。記事ではこうした動きに対し、ローリングの実際の考えに触れながら擁護をしています」と解説。原題「In Defense of J.K. Rowling」
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「トランス(性同一性障害)の人々は保護を必要とし、保護を受けるべき存在です」
「私は、トランスジェンダーの多くが、他者に脅威を全く与えないどころか、むしろ虐げられていると思います」
「私は、すべてのトランスジェンダーの人々の持つ、自分にとって真実で快適だと感じる生き方を送る権利を尊重しています」
「男性に虐待されたトランス女性には、強い共感と連帯感を感じます」

 これらの発言は、『ハリー・ポッター』シリーズの作者であり、人権活動家であり、インターネット上の過激派グループや、多くの有力なトランスジェンダー権利活動家やL.G.B.T.Q団体に言わせればトランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)であるJ.K.ローリングによるものだ。

 ローリングの熱心なファンの中にも、そうした非難をする者は少なくない。2020年、『ハリー・ポッター』最大のファンサイトの一つであるThe Leaky Cauldronは、ローリングが「トランスジェンダーに関する有害で根拠のない思想」を支持したと主張し、著者の引用や写真を掲載しないことをメンバーに通達した。

 批評家たちは、書店に彼女の本を売らないよう提唱し、実際にそうしている書店もある。また、彼女は、言葉による暴力、個人情報の晒上げ、性的暴力や暴行(殺害予告も含む)を予告する脅迫を受けている。

 来週から始まるポッドキャストシリーズ「The Witch Trials of J.K. Rowling」のための多方面にわたる貴重なインタビューの中で、ローリングは自身の経験を語っている。「私は直接暴力を振るうという脅迫を受けたことがありますし、子供たちが住んでいる家に人が来たこともありますし、私の住所をネット上に公開されたこともあります」「いずれにせよ、警察も危険を認めるようなことがありました」

 ローリングに対するこうしたネガティブキャンペーンは、危険であると同時に理不尽なものだ。昨年夏に起きた痛ましいサルマン・ラシュディ刺傷事件で思い知らされたのは作家に悪意が向けられることで起こる悲劇である。そして、ローリングの場合、トランスフォビアとの決めつけは、実際の彼女の考えとはかけ離れている。

 では、なぜ彼女をトランスフォビアと非難する人がいるのだろうか?きっと、ローリングが何かをやったからに違いない、と思う人もいるかもしれない。

 答えは簡単だ。彼女は、家庭内暴力からの保護シェルターや女性刑務所など、生物学的女性だけの空間の権利を主張している。法的な性別を決定する際に、自己申告による性自認は不適切であると主張してきた。彼女は、生物学的女性を「月経がある人」というような表現には懐疑的な態度を示している。彼女は、自分自身を擁護し、そしてより重要なことだが、トランス活動家から攻撃を受けている離脱者やフェミニスト学者など他の人々を支持してきた。トランスジェンダーについて扇動的な発言をしたレズビアンのフェミニスト、マグダレン・バーンズをツイッターでフォローし、賞賛した。

 このローリングの見解と行動に、(あるいは強硬に)反対する人もいるかもしれない。あるいは、トランスジェンダーに対する暴力が蔓延している、発言力のあるトランス活動家の意見に反する意見を発信することは、弱い立場にある人々に対する反感を高めることになる、とそんなふうに考えるかもしれない。

 しかし、ローリングの発言は、トランスフォビアと呼ばれるものとは程遠い。彼女は性同一性障害の存在に異議を唱えているわけではない。科学的根拠に基づいた治療や医療の下での性転換に反対の声を上げたこともない。トランスジェンダーの人々への職業や住居の平等を否定しているわけでもない。声高に言われているような、彼女がトランスジェンダーを「危険にさらしている」という見解には根拠はなく、彼らの存在する権利を否定などしてはいないのだ。

 彼女のかつての批判者の一人から話を聞いてみよう。かつてローリングがトランスフォビアであるとして非難したジャーナリストのE.J.ロゼッタは、昨年、「20 Transphobic J.K. Rowling Quotes We're Done With」という記事の執筆を依頼された。12週間の取材と資料調査の後、ロゼッタは 「実際にトランスフォビアであると言えるようなメッセージはひとつも見つからなかった」と書いている。ツイッターでは、「間違った魔女狩りが行われている」と宣言した。

 ちなみに筆者も、ロバート・ガルブレイスのペンネームで書かれた犯罪小説を含め、ローリングの著作をすべて読んだが、そのようなものは見つからなかった。彼女の作品に何らかの問題がないかと分析した人たちは、ガルブレイスの小説のひとつにトランスジェンダーのキャラクターが登場することや、別の小説では殺人犯が時折女性に変装することに異議を唱えた。言うまでもなく、ある種の考えに憑りつかれた人間でもなければ、これぞ偏見の証拠と挙げるには無理があるものばかりだ。

 ローリングとその作品が特定のイデオロギーから非難を受けるのは、今回が初めてではない。『ハリー・ポッター』シリーズは、何年もの間、アメリカで最も読むことを禁じられた本の一つだった。多くのキリスト教徒が、魔術や魔法を肯定的に描いているこの作品を非難し、ローリングを異端視する者もいた。ウェストボロ・バプティスト教会の元メンバーで、『Unfollow.A Memoir of Loving and Leating』の著者であるミーガン・フェルプス=ローパーは、子供のころはこの小説が好きだったが、過激さと偏見で有名な家庭で育ったため、ローリングは同性愛者の権利を支持しているから地獄に落ちる、そう信じるように教えこまれたという。

 フェルプス=ローパーは、時間をかけて自らの偏見を見つめ直した。彼女は現在、「The Witch Trials of J.K. Rowling」のホストを務めている。このポッドキャストは、ローリングとの9時間に及ぶインタビューに基づくもので、ローリングが自己の主張について長く語ったのは今回が初めてだ。ローリングは、その作品群でアウトサイダーであることの美徳、敵対する者に対する共感、友愛のすばらしさなどを描いているにもかかわらず、なぜこれほど多方面からの非難にさらされてきたのかを考察している。

 このポッドキャストには、ローリングに対する批判者のインタビューも取り上げており、ローリングがなぜ自身のプラットフォームを利用して、いわゆるジェンダー・イデオロギーの特定の主張(例えば、トランスジェンダーの女性は、事実上あらゆる法的・社会的場面において、生物学的女性と区別されないものとして扱われるべきという考え)に異議を唱えているのかを掘り下げている。彼女のファンも、最も激しい批判者ですらも、なぜ、攻撃されることを承知で、わざわざそのような立場をとるのか、と疑問に思っている。

 「よく言われるのは、金持ちで、しっかりとしたセキュリティを雇えるから、声を上げられるのだろうというものです。それは事実です。でも、肝心なことを見逃していると思います。私を脅し、黙らせようとすることで、同じような考えを持つ女性たちが声を上げようとするのを、萎縮させているのです」とローリングはポッドキャストで語っている。

 「実際にそういうことを見たからこそ、そう言えるのです」とローリングは続ける。彼女は、他の女性が警告を受けているのだと言う。「J.K.ローリングがどうなった?あんたも気をつけるんだな」と。

 例えば、最近、レズビアンでありフェミニストでもあるスコットランド国民党の議員、ジョアンナ・チェリーは、スコットランドで可決された「自己ID」法に公然と疑問を呈した。この法律は、トランスジェンダー女性としてわずか3ヶ月間生活した後、単なる申告によって、自分が女性であると合法的に立証できるもので、性別同一性障害の診断を受ける必要がない。彼女は、職場でのいじめや殺害予告にさらされ、国会で正義と内政のスポークスウーマンとしての最前線の地位からも外されたと報告している。「声を上げるとことで、トランスフォビアや偏向思想という間違った烙印を押されるので、この議論に怖気づいている人もいると思う」と彼女は言う。

 フェルプス=ローパーは、ローリングの積極的な発言は、まさにこのような問題に立ち向かうためのものであると語った。「多くの人は、ローリングが自分の特権を利用して、弱い立場の人々を攻撃していると考えています」と彼女は言う。「しかし、彼女は、自分は弱い立場の人々の権利のために立ち上がっているのだと考えています」。

 さらに、ローリングは、発言することを責任と義務として捉えている、とフェルプス=ローパーは言う。「彼女は、他の人々が声を上げる力がないために自ら口を閉ざしていることに気づいたのです。彼女は、この支配的なやり方を振りかざす動きに対して、自分を偽らず、立ち向かわなければならないと感じたのです」

 ローリング自身がポッドキャストで述べているように、彼女は「最初のページから、いじめや支配的な振る舞いが人間の悪の中でも最悪のものだとする」本を書いている。ローリングが批判者に対して攻撃的だと非難する人々は、彼女が、昨今のジェンダー正統派に立つ批判者たちが受けてきたような失業、世間の中傷、身体の安全への脅威を恐れ、沈黙している人々のために立ち向かっているということから目を逸らしている。

 そういった攻撃はソーシャルメディアを使いエスカレートしていく。フェルプス=ローパーはウェストボロ教会での日々でそういったやり方を知っていた。「私たちは、自分たちが最大の注目を集められさえすれば、どんなものでも構わないと思っていましたし、そのことで、自分たちが信じていることを最も過激で攻撃的なものにしていきました」と彼女は回想する。

 フェルプス=ローパーのほかにも、志を同じくするクリエイティブな人々(一般的には富による保護やスポンサーからの強力なバックアップがある人々だが)が、ついに厳しい状況に立ち向かうようになったのは、流れが変わった証かもしれない。ローリングの作品によって有名になった若い俳優たちはこれまで沈黙を守っていたが、ここ数カ月、ヘレナ・ボナム・カーターやラルフ・ファインズといった『ハリー・ポッター』作品の俳優たちが、ローリングを公に擁護している。

 ファインズの言葉より。「J.K.ローリングは、幼い子供たちが人間としての自分を見出していくという、力強さに関する素晴らしい本を書いている。より良く、より強く、よりモラルを重視する人間になる方法について書いている」「彼女に向けられた罵詈雑言には、うんざりする。まったく呆れるよ」

 ローリングへの告発に関しては、恥ずかしくなるほど軽々しい報道もあるが、少数の影響力のあるジャーナリストも彼女を擁護する発言を始めている。アメリカでは、アトランティック誌のケイトリン・フラナガンが昨年、「やがて彼女の正しさが証明され、信念を貫くために支払った高い代償こそ、信念を持った人があえて選択したことだったのだと皆が知る時が来るだろう」とツイートしている。

 イギリスでは、リベラルなコラムニストであるハドリー・フリーマンが、ローリングへのインタビューを禁止されたことを理由に、ガーディアンを退社した。その後、彼女はサンデー・タイムズに入社し、最初のコラムでローリングのフェミニストとしての立場を賞賛した。ガーディアンのあるリベラルなコラムニストも同様の理由で退社した。テレグラフに移籍した彼女は、自身の仕事のために彼女や子供たちへのレイプの脅迫があったにもかかわらず、ローリングを擁護した。

 何百万人ものローリングの読者が、彼女への社会的攻撃を知らないことは間違いない。しかし、だからといって、「ビッグ・ライ」や「Qアノン」(訳者註 いずれも陰謀論)のようなとんでもない主張と同様、この告発が陰湿で執拗なものとなっていく可能性は否定できない。ローリングの本が好きなのは良くないことだ、彼女の本は「問題がある」、彼女の作品を評価すると「厄介なことになる」と若者が感じるべきだという種が文化の中に植え付けられている。ここ数週間では、新しい『ハリー・ポッター』のテレビゲームをめぐって騒動が起きた。非常に残念なことだ。子どもたちは、『ハリー・ポッター』を堂々と読み、そこから教訓を得ることが望ましいというのに。

 ローリングが実際に言っていることこそが重要だ。2016年、PEN/Allen Foundation award for literary serviceを受賞した際、ローリングはフェミニズムへの支持、そしてトランスジェンダーの権利について言及した。「批評家は、私が子供たちを悪魔崇拝に改宗させようとしていると主張する自由があり、私は人間の本質と道徳を探求していると説明する自由があり、その日の気分によっては、バカじゃないの、と言う自由があります」

 ローリングはただベッドで寝ていることもできた。自分の富とファンの中に逃げ込むこともできたはずだ。彼女の『ハリー・ポッター』の世界では、ヒーローは勇気と思いやりに満ちている。彼女の最高のキャラクターは、いじめに立ち向かい、冤罪を暴くことを学ぶ。そして、世界が自分に敵対しているように見えるときでも、何が正しいかという自分の核となる信念をしっかりと持つ必要があることを学ぶ。

 蔑まれてきた人を守ることは、特に若者にとっては決して簡単なことではない。『ハリー・ポッター』の読者なら誰でも知っているように、いじめっ子に立ち向かうのは怖いことだろう。そんな時は身近な大人たちが導いてあげればいい。もし多くの人がJ.K.ローリングのために立ち上がれば、彼女のためになるだけではなく、人権、特に女性の権利、ゲイの権利、そしてトランスジェンダーの権利のために立ち上がることになる。それは、真実のために立ち上がることになるのだ。
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 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文地理学的解説」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
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