欧米の「MeTo運動」が、まだ定着していない日本の性的力関係

セクハラを主張した大学院生、相手教授の妻からの損害賠償支払うことに
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ/アジア太平洋欄記事(2023年5月29日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説や記事から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。地元の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。
 日本の大手メディアがほとんど触れない、大学院生と美術史教授のアカデミックハラスメント訴訟。このセクハラ裁判をニューヨークタイムズが糾弾している。
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 美術史の著名な教授とその教え子は夕食を終えて、日本画のように美しい古都・京都の川沿いを散歩し、あるバーに立ち寄った。

 数ヶ月前から、二人は多くの時間を共に過ごし、すでに東京の公園で一度、キスをしている。そして今度は、酒を飲んだ後、彼女を自分のホテルに誘い、そこで(彼女が自分の意思に反したと主張する)性的関係を持った。これについて、教授は合意の上だったと主張している。

 以降、2人は10年にわたり秘密の関係を続け、密かに会い、情事を重ね、何度も海外旅行に出かけた。

 次第に彼女は、この関係は教授が二人の間の力関係を利用したものであり、自分が本当に合意したことはなかったと考えるようになった。

 そして、ついに関係を断ち切った彼女は、大学に正式に苦情を申し立て、教授をセクハラで訴えた。彼女の主張は、教授が23歳の時に指導教員の立場を利用して、彼女に性的関係を持ち掛け、強引に関係を結び、その後何年も彼女を根本的に自分の支配下に置いたというものであった。

 しかし、教授の妻からは、婚外恋愛を婚姻契約の侵害とみなす日本の民法に基づき、不貞行為と精神的苦痛を与えたとして彼女自身が訴えられることになった。

 結局、妻は250万円を勝ち取った。教授は昨年、"不適切な関係"を行ったとして解雇された。しかし、裁判所は、教授が彼女の意思に反して強要したことはないと判断し、彼女は敗訴した。

 現在38歳の佐野メイコさん、教授の林道朗氏(63歳)、妻のマチコさん(74歳)のこの物語では、女性がセクハラで裁判を起こす(ましてや勝訴する)ことはほとんどなく、欧米のように「MeToo運動」がまだ定着していない日本における性的な力関係のもつれが際立っている。

 佐野さんは、林氏に対するセクハラ訴訟が長丁場になることを承知していた。しかし、「グルーミング(手なずけ行為)やガスライティング(嫌がらせで女性を混乱させて支配する精神的虐待)のような、日本人に馴染みのない心理的虐待」を経験したことを示すために、訴訟に踏み切ったと、彼女はいくつかのインタビューで語っている。

 この事件は、日本のニュースメディアではあまり注目されなかったが、日本の美術界や学術界を揺るがした。日本ではアメリカとは異なり、教授と学生の関係を禁止している大学はほとんどない。同時に、年齢や地位による上下関係が文化的に浸透しているため、部下(特に女性)が上司にノーと言うのは難しい、と専門家は指摘する。

 「日本には、協調性を重んじる文化がある」と、性暴力被害者のための非営利団体「Spring」の代表理事である佐藤由紀子氏は言う。「だから、性的関係を求められても、断ることが難しいと思う場合がある」。

 佐野さんも法廷で、繰り返しそう主張した。しかし、日本の性的暴行に関する法律は同意に言及しておらず、暴力によらない性行為の強要には懐疑的である。

 「性暴力に関しては、大きな脅威があり、被害者が反撃しなければなりません」と、日本の性犯罪法の改正の可能性を検討する弁護士の川本瑞紀氏は言う。現在の法律では、"心理的に強制されてイエスと言わされた人"は保護されないと彼女は言う。

 一方、米国や欧州の一部の国では、病気や酩酊状態などで被害者が合意できない場合や、加害者が権威ある立場を利用する場合も考慮した法律が定められている。

 佐野さんは、林氏との最初の性的関係の後、「あざだらけになっていなかったので、自分が性的虐待の被害者だとは思っていなかった」と裁判の資料で述べている。

 3月の判決では、強制と合意の間のグレーゾーンを認め、林さんが解雇されたことを「妥当」と判断した。しかし、佐野さんは涙ながらに、「立場が上の人が、相手の精神を実際にどうできるかを考慮に入れていない」と述べた。

 佐野さんは敗訴したが、裁判所は、妻の訴訟で佐野さんに課された賠償の責任を負担するため、教授に128万円を支払うよう命じた。

 東京の大学でジェンダー法について講義している谷田川知恵氏は、夫婦間の契約でありながら、それを破った佐野さんに責任があるとされた妻の訴えは「少しおかしい」ように見えるだろうと述べた。しかし、専門家によれば、このようなケースは決して珍しいことではないという。

 妻(本記事のためのコメントは控えている)は、裁判資料の中で「不倫をした夫を恨んでいるが、セクハラをしたとは思っていない」と述べている。彼女は、佐野さんが「まるで自分が心から被害者であるかのように、2人の関係のすべての責任を夫に押し付けている」と非難した。

 佐野さんは上智大学の学部生だった2004年に教授と出会い、その美術史の授業に参加した。林氏は日本近代美術の専門家として知られ、フェミニズムや言論の自由について率直な意見を持っていた。

 二人の関係は、長い間、大学の教員と学生であった。二人は彼女の大学院進学の希望についても話し合った。林氏は推薦状を書いたり、インターンシップを手伝ったりした。

 2007年、彼女が大学院に入学する前の夏から秋にかけて、その一線は曖昧になり、林氏は彼女との恋愛関係を求め始めたと彼女は言う。定期的にお茶に誘われる。彼女は断れないと思った。

 「"読書のすすめ "とか "大学院の勉強会"とか、私に期待してくれているように感じました。」と佐野さんは言う。「それを裏切れない感じがしました。」

 上智大学のような日本の教育機関には、学生と教授の関係についてより明確な指針が必要であると、一部の論者は述べている。政府は近年、大学に対し、セクシャルハラスメントや暴力に関する相談窓口についてより多くの情報を提供し、懲戒処分が行われた場合にはその内容を開示するよう求めている。

 大阪大学の牟田和恵教授(社会学・ジェンダー学)は、「権力者を喜ばせたい」という思いから、「指導教員や教授と学生との関係は、定義上ハラスメントになる」と指摘する。

 林氏(本記事のためのコメントは控えている)は、証言の中で、自分が結婚しており、佐野さんの上司であったことから、その関係が「不適切」であったことを認めた。しかし、彼は佐野さんがそれを承諾し、さらには自ら望んでいたと述べた。

 その証拠として、佐野さんが大学院に入学する前の夏、他の学生たちと一緒に中部地方の博物館巡りをした際に送ったお礼のカードがある。そのカードには、「Dearest Professor H」と英語で書かれ、日本ではあまり使われない「xox」(ハグとキスを送ります)と書かれていた。

 「学生から教授へのメッセージで、"Dearest"と呼ぶのは、普通では考えられない親しさがある」と林氏は証言している。

 佐野さんは、この手紙は単に "感謝とお礼"を伝えるためのものだと言っている。

 裁判記録によると、林氏は佐野さんと一緒に過ごすうちに「距離が縮まった」と語ったという。佐野さんは、幼少期を英国で過ごし、日本では疎外感を感じていることを林氏に打ち明けたが、林氏は、自分が海外での経験から理解できると答えた。

 秋、大学院に入学した佐野さんは、林氏の指導を受けながら、東京の公園を散歩した。そして、キスをされた。

 「断って面目をつぶすことは論外だった」と彼女は言う。

 裁判の資料や証言の中で、林氏(当時48歳)は、佐野さん(当時23歳)と交際していると信じていたと述べている。

 佐野さんは、同年秋、彼が美術シンポジウムで講師を務める京都への旅に同行した。彼がホテルの彼の部屋に一緒に泊まろうと言ったとき、彼女は何度も断り、自分の部屋に戻ると言ったと証言している。彼は自分の部屋に来ることは合意の上だったという。

 両者とも、林氏が佐野さんに口による性行為をしたことを証言したが、佐野さんはそれを嫌がったと言った。佐野さんは、何度も「待って」と言って、抵抗の意思表示をしたという。「でも、彼は "大丈夫、大丈夫 "と言い続けました」と佐野さんは語った。

 その後10年間、2人は東京のいわゆるラブホテルで定期的に会い、学術的な議論と性的関係を重ねた。林氏は、このホテルの一室で、佐野さんの卒論に目を通したという。

 佐野さんは、林氏の指導を受けている間も、卒業後も、林氏に親愛の情を送り、フランス、イタリア、スペインへの旅行に同行していた。林氏は、このような行動から、この関係が合意に基づいていたことが改めて証明されたと述べているが、本人は秘密にしたかったと認めている。

 彼女の行動は洗脳の証であり、将来のキャリアに関わる権限を持つ指導者に「失礼」なことをするのが怖かったのだという。

 彼女が関係を絶とうとすると、林氏は彼女を「妄想癖がある」と非難したり、「もう誰とも付き合えない」と言ったりしたと、彼女は裁判所に提出した書類の中で述べている。彼女は、林氏がこう言ったという。「セクハラで訴えたければ、私を訴えればいい。でも、あなたはそういう子じゃないから、訴えないでしょう」

 林氏は裁判の中で、そのような発言や佐野さんへの強要はなく、2人は単に「自由恋愛を楽しむ大人」であったと述べている。

 「私はあまりにも甘かったと理解していますし、今でもそんな自分が嫌いです。」と佐野さんは言います。「"嫌です"と言って逃げればよかったと思うことが何度もありました。」

 2018年の春には、佐野さんは東京のアートギャラリーで働き、きっぱりと関係を断ち切った。彼女はそのことを家族や親しい友人達に少しずつ話し始め、激しい羞恥心と闘った。彼女は自傷行為をするようになり、自殺を考えたという。

 佐野さんの長兄である佐野周作さんは、妹から「洗脳された」と聞いたという。「"傷ついている"ということは、確実に分かった。」と彼は言った。

 東京の美術館で佐野さんと共同制作した学芸員補の熊倉晴子さんは、佐野さんから美術界で尊敬されていた林さんの話を聞いて、「がっかりした」という。

 翌年早々、佐野さんは林氏の妻に連絡を取った。佐野さんは、林妻に「このままではいけない、申し訳ないと思った」という。佐野さんはまた、林氏が自分を操っていたと感じていることを林氏の妻に知ってもらいたかったのである。

 裁判資料によると、林氏は妻に関係を告白し、妻は佐野さんを訴えたという。

 裁判記録の一部である電子メールでは、林夫人は弁護士を通じて佐野さんに対し、最初から「夫から強要された関係であれば、簡単に大学に苦情を出すことができたはず」と書いている。

 セクシャルハラスメントの専門家は、この文化を変えるには法的措置以上のものが必要だと言う。

 大阪大学の牟田氏は、大学の方針として教授と学生の恋愛関係を禁止することを提唱している。「女性がキスを受け入れたり、デートに行ったりすれば、それは合意の上だというのが一般的な見方です」と言う。「私たちは風潮を変えようと奮闘していますが、まだ効果を上げているとは言えません。」

 佐野さんは現在、心的外傷後ストレス障害の治療のため、セラピーを受けているという。彼女は両親と暮らしており、2019年に画廊を辞めてからフルタイムで働くことはできていない。

 彼女の今の主な目標の1つは、"ノーと言える力"を回復することだという。

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 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文地理学的解説」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
夕暮れ時の広島・原爆ドーム

広島を生き抜いた木々/ウィル・マツダ(ゲストエッセイ 米国在住日系人写真家・作家)
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説11(2023年5月5日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載までの時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。
 今回は原爆を生き抜いた木「被曝樹木」について、アメリカに住む日系人写真家からの投稿です。日本では議長国として、5月19日〜21日までG7広島サミットが開かれます。
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 祖母から原爆の話を聞いたことがない。私が尋ねると、祖母は家族に何が起こったか自分にはわからないと答えるが、つまりそのことについて考えたくないのだろう。

 米国が広島に核兵器を投下した1945年8月6日の朝、祖母は20歳でホノルルに住んでいた。原爆は、祖母の祖母、叔母、叔父、いとこなど、祖母の家族が住んでいた地域の真上で爆発した。街は破壊され、10万人以上が死亡した。祖母は、叔父がただ一人生き残ったことを聞かされた。

 科学者の推計では、爆発時の地温は3,000〜4,000度で、人体を黒塵に変えてしまうほどの高温だった。その日のことを考えようとすると、一つの家族でテーブルを囲んで朝食をとっていたのに、そのまま風の中に消えてしまう、そんなイメージが思いうかぶ。

 私は広島に行ったことはないが、長い間、家族の歴史の一部と物理的につながりたいという強い思いがあった。遺品、手紙、装飾品など、残されたものはないかと探し続けていた。

 意外なことに、広島とのつながりを最も感じさせてくれたのは、モノではなく、生きているもの、つまり木であった。

 正確には、イチョウの木だ。

 イチョウは中国原産の樹種で、秋には鮮やかな黄金色に染まる扇状の葉をつける、地球上で最も古く、最も回復力のある木の1つである。この木は、恐竜を絶滅に追いやった隕石からも生き延び、原爆からも生き延びた唯一の生物である。その理由は、根が土の中に深く伸びていたため、焦熱から守られていたのである。

 日本語では、原爆の生存者を被爆者と呼ぶ。この生きのびた木も「被曝樹木」と呼ばれている。

 被爆樹木の一部は現在も生きており、被爆者と同様に、その子孫は世界中にいる。

 広島出身の被爆者であるヒデコ・タムラ・スナイダーさんは、10歳のときに原爆で母親や友人、多くの親族を失った。2003年にオレゴン州に移り住んだ彼女は、2017年に被爆者のケアを行う団体「グリーンレガシー広島」と提携し、生き残ったイチョウの種を米国に持ち込んだ。スナイダーさんは、合計51個の種を植え、「ヒロシマ・ピース・ツリー」と名付けた。

 2019年、NBCのクラマスフォールズ局のインタビューで、スナイダーさんはこう振り返った。
「私は母を育てることができない。いとこを育てることはできない。でも、木なら、できるんです。」

 ここ数ヶ月、私はオレゴン州各地のピースツリーを訪ねている。水をあげたり、写真を撮ったりもした。そして、その葉に触れてみた。それらの木々がここにいることに感謝し、私もここにいることを伝えた。

 原爆の爆発は強烈な閃光を伴い、広島のコンクリートの表面は写真のネガのようになった。銀行前の階段に人型の影が残されている例もある。人物の輪郭以外が爆風で乳白色に漂白されたのだ。

 私はこの木々を撮影しながら、光、影、写真と原爆の関係について考え、自分の影をフレームに入れてみたこともあった。

 休んでいる身体、踊っている身体、観葉植物に水をやっている身体、神経質な身体、痛む身体、他の身体を抱きしめている身体、教室にいる身体、市場で野菜や油やトイレットペーパーや靴を買う身体、帰宅途中の身体で混雑する通り、誰がいつも何かを揚げているか、誰が家に帰ってこないか、誰が夜通しライトをつけたまま寝ているか、お互いによく知るほど近くに住む隣人の身体、すべての影は身体の物語を伝えている。

 身体でいっぱいの街。

 97歳になる祖母は、この秋に広島に帰る予定だったが、どうやらそれは難しそうだ。一緒に行きたかったが、祖母が行けないのであれば、私一人で行くつもりだ。

 かつて私たち家族が住んでいた場所を訪れ、私がよく知っている苗木のお母さんやおばあちゃんである被曝樹木を訪ねる。その葉に触れ、私たちは生き延びたのだと伝えよう。
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 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。新潟大学農学部卒業、白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国語児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowersにおける空間と時間 人文主義地理学的解読」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
         
 時折笑顔を交えてインタビューに答える臂市長

電子地域通貨が地域活性化の新たな価値創造ツールに
臂伊勢崎市長に聞く‐2023【3】(2023年4月13日)

 ― 5月8日以降、新型コロナウイルスの感染症法上の位置づけが「5類」に引き下げられます。伊勢崎市として以後の方針は。

 臂市長 県の方向性もみながら、可能なものは5月8日を待たずに緩和する。制限などはなくなるが、感染状況に応じて公共施設での感染防止対策、市民の皆さまにも基本的な感染防止対策は引き続き呼び掛けていく。

 ― マニフェストに掲げていた保健所設置が可能となる「保健所政令市」へ、2026年4月移行を想定した検討結果を明らかにしています。この決断にはコロナ禍も影響しましたか。

 臂市長 市民の健康問題を考えた時、感染状況など、やはり直接情報を持っている方がより迅速な対応ができると感じた。運営や人材確保などさまざまな課題はあるが、コロナで自前の保健所設置の思いをより強くした。外国籍の住民との共生や関係性、商工団体など産業界との連携の重要性、行政情報の発信では広報の充実など、コロナ禍でより見えてきたことは多い。

 ― 同様にマニフェストで掲げた、高齢者の活躍を後押しするための基本理念を定めた「伊勢崎市高齢者が生き生きと活躍できる社会の実現の推進に関する条例」が4月1日から施行されました。

 臂市長 少子高齢化の進行と人口減少対策には、子育て支援に力を注ぐ一方、高齢者が地域の担い手の一人として活躍する環境づくり、世代間の共生が必要だと感じていた。就労、趣味や学び直し、ボランティア活動など、高齢者が生きがいを持ち、その希望と適性にあった活動に取り組む社会の実現が、問題解決策のひとつになるはずだ。老人クラブの活性化の他、市民や事業者、地域活動団体の皆様と連携・協力しながら、条例の基本理念の実現を図っていきたい。

 ― 導入を予定している電子地域通貨の名称選びを実施中(4月21日まで)ですが、仕組みや導入の狙いは。

 臂市長 スマートフォンのアプリやQRコード付きカードを利用して市内加盟店でポイントを使った支払いができる仕組み。今年度は従来の30%のプレミアム付商品券事業を電子地域通貨で実施する。発行総額はプレミアム分を含めて10億4000万円、加盟店は初年度500店を目標にしている。紙の商品券に比べて店の負担を大幅に減らし、利用者は1円単位の支払いにも使える。行政からの様々な給付事業手続きを迅速にし、行政や地域事業への参加、協力の際のポイント付与など、市民参加を促すことも期待できる。市民、事業者、行政にとって利便性の向上が図られ、新たな価値創造の可能性を秘めた魅力的なツールとなる。地域全体のDX(デジタル トランスフォーメーション※デジタル技術による社会の変革)推進のため、その基盤を整備していきたい。

 ― 行政のデジタル化推進にあたっては、全国的にマイナンバーカード普及が進んでいます。伊勢崎市の現状と今後の目標は。

 臂市長 本市のカード交付率は2月末時点で58・2%(全国63・5%)、申請率は69・11%(全国74・8%)。今年の1月に市民課にマイナンバーカード係を設置し、職員も増員するなど交付体制を強化している。本年度末時点の目標は交付率65%、翌年度末で70%としているが、前倒し達成で1日にも早く全国に追いつき、追い越せるようカード普及に取り組んでいる。

 ― 地球温暖化対策の一環として伊勢崎市は2035年度までに公用車で電気自動車30%、ハイブリッド車65%、プラグインハイブリッド車5%の切り替え目標を立てています。

 臂市長 本市は昨年12月、公用車への次世代自動車導入計画を策定した。導入を進めていくのは公用車308台のうち軽自動車が70%の215台、小型自動車が22%の67台、普通自動車が8%の26台を計画している。各メーカーの電気自動車販売がまだ少ないことから低燃費のハイブリッド車を先行して導入していく。今後、電気自動車の車種が増えてきた時は、次世代自動車の販売事情に応じて導入計画を見直していきたい。


【取材メモ】
 春の桜、夏の蓮などで地域の憩いの場として愛されている伊勢崎市境伊与久の「伊与久沼」。この魅力を内外に伝えようと発足した「伊与久沼有効活用の会」が、テレビ東京「緊急SOS!池の水ぜんぶ抜く大作戦スペシャル」に応募し、3月19日に放送された。
 生き物確保やごみ拾いに参加したのは地元のボランティアおよそ200人。MCの田村淳(ロンドンブーツ1号2号)さんが番組冒頭、ゴム長靴や作業服のボランティア集団の中に一人だけスーツ姿の臂市長を見つけ、いじってきた。
 臂市長がマスク越しにぼそぼそと答えたが、テレビではよく聞き取れなかったので取材時に確認した。その返答は「長靴は持ってきました」。もっとも撮影開始が30分遅れて次の予定が迫っていたため、求められても対応できなかったそうだ。時間が許せば律儀な臂市長のこと、参加者との一体感を醸成するゴミ拾いパフォーマンスを見せたのかもしれない。 

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臂伊勢崎市長に聞く(2022年)  臂伊勢崎市長に聞く(2021年)
「伊勢崎駅ピアノ」お披露目セレモニー。ラッコタワーのキーボード、真一ジェットさんが演奏(2022年7月16日伊勢崎駅南口駅前通路)

「まちなか宣言」ビジョン明確に駅南口活性化
臂伊勢崎市長に聞く‐2023【2】(2023年4月5日)


 官民連携組織「まちなか活性化支援会議」が策定した「まちなか宣言」は、イベントや交流、空き家再生など8項目を掲げた。これまでの一過性イベントに終わらない、将来像を明確に打ち出した中心市街地活性化策だ。企業誘致に欠かせない新規産業団地造成、3月末閉鎖の伊勢崎地方卸売市場の跡地利用など、地域経済の活性化対策を中心に聞いた。

 ― 「まちなか宣言」策定の狙いは。

 臂市長 まちなかの活性化をテーマにしたシンポジウムでの意見交換、まちなかに関する市民アンケートなどの回答に基づいてまとめている。まちなかに関わる全ての市民に共有していただく将来像(ビジョン)を定めることで、その実現に向けて連携、協働がさらに進むものと考えた。宣言後は巡回展示会を開催してきたが、地域や学生の皆さんと連携、工夫をこらすなど、引き続き多くの施設やイベントを通じて宣言の周知、将来像の共有化を図っていきたい。

 ― 伊勢崎市の場合、街の中心は従来、本町を中心とした商店街のイメージが強い。今後はこの商店街、駅周辺、さらに整備中のシンボルロード沿道が「まちなか」の対象ですか。

 臂市長 本町通りはこれまでも土地区画整理事業や商業近代化などに取り組んできた。今後は中心市街地として、さらに伊勢崎駅南口エリアまで拡大してハード・ソフト事業で融合。これから形成していく3つの核を中心に、人が集い、往来する賑わいを生み出したい。まず南口駅前広場は、民間主催のイベント利用などの積極活用を促す。事業区域内の福島病院跡地に開設する「(仮称)新保健センター・子育て世代包括支援センター」が2つ目の核となる。3つ目は駅前から南下する整備中のシンボルロード沿線の土地利用を図る中、事業区域に隣接する伊勢崎織物協同組合所有地の有効活用だ。庁内、有識者検討委員会の意見書を基に、本年度中に基本構想を策定する。

 ― 駅周辺の活性化に向けた活動の担い手「まちなかイノベーター」は、国の地域おこし協力隊の制度を活用した伊勢崎市初の取り組みです。

 臂市長 本市独自の「まちなかイノベーター」という名称で、4月から1年間、最長で3年間活動していただく。まちなかが抱える課題に向き合い、その解決につながる新しい仕事を創り出すために、自らの将来設計として起業準備などにも取り組んでもらえればと思う。まちなかに新しい風を吹かせてくれることを期待している。

 ― 地域経済の活性化として「まちなか」から郊外に目を転じた時、新たな企業誘致が欠かせません。そのための新規産業団地造成が急務です。取り組んでいる計画の進展状況は。

 臂市長 現在は南部工業団地周辺の長沼町地区(21.5ヘクタール)、国領町地区(18.8ヘクタール)、境北部工業団地周辺の境東新井地区(39.2ヘクタール)の3カ所で事業化に取り組んでいる。国領町地区は市街化区域への編入に向けた都市計画手続きを進めており、1月に地元説明会を開いた。今夏から秋の市街化編入を目指す。その後は地権者の協力を得て、用地取得に入りたい。長沼町地区と境東新井地区については、地元調整や関係機関との協議を進めている。

 ― 3月末閉鎖で市に返還された伊勢崎地方卸売市場(日乃出町)跡地の活用も関心を集めています。

 臂市長 売り払いを前提とした準備を進めている。2023年度に敷地と建物を含めて現地調査を実施。調査結果に基づいて具体的な売却方法などを決めたい。(次回に続く)

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臂伊勢崎市長に聞く(2022年)  臂伊勢崎市長に聞く(2021年)
再整備に取り組む水生植物園(中央)と年内にも解体される市民プール(左奥)

華蔵寺公園誘客増へ水生植物園再整備やカフェなど誘致
臂伊勢崎市長に聞く-2023【1】(2023年3月29日)


 コロナ対策に追われる中、マニフェスト実現に取り組み、3年目を迎える臂泰雄伊勢崎市長。保健所設置が可能な「保健所政令市」を目指す方針を固め、高齢者の活躍の場を総合的に支援する条例を制定した。伊勢崎市のランドマークともなっている華蔵寺公園内の再整備は3カ年事業の半ばを迎える。脱炭素社会の実現を目指すGX(グリーントランスフォーメーション)への取り組みの思いなども聞いた。

― 魅力を高めて来園者を増やそうと、2022年度から3か年でツツジの再生やカフェなど誘致に取り組む「華蔵寺公園共生『はな咲く。』プロジェクト」。対象となっている水生植物園はどのような再整備を。

 臂市長 現在はハナショウブを植栽しているが、根付いていない部分も増えており、あまり水面が活かされてない。再整備では「広い水面と多彩な水生植物園」をコンセプトに、広がりを持たせた水面の中にハナショウブだけでなく、アサザ、スイレン、ミソハギなどを植栽し、季節ごとに楽しんでもらえる空間を計画している。地域の皆様の植栽エリアを設けて、整備や維持管理に参加、協力していただき、一層の魅力アップを図っていきたい。

― ツツジだけでなく華蔵寺公園全体の樹木の老齢化が進んでいます。

 臂市長 供用開始から66年が経過した華蔵寺公園の樹木は、老齢化で樹勢が衰え、回復見込みがない危険なものを適宜伐採している。日照不足などで樹勢が衰えているツツジの再生は、マツなどの樹木の間引きを行った。ツツジの枝にかかった松葉は生育を阻害するため、それを取り除く作業をボランティア皆さんの協力で2022年度は3回実施している。小・中学校への参加呼びかけもあり、延べ341人の参加をいただいた。

― カフェなどの誘致は当初、市民プール解体跡地に計画していましたが、水生植物園の北側設置案も浮上しています。

 臂市長 カフェなどの誘致事業は民間事業者を公募で選定する、「パークPFI制度」を活用する。その設置場所の選定では、マーケットサウンディング型市場調査※で寄せられた民間事業者からのさまざまな意見を参考にしている。プール跡地・水生植物園北側を含めて、各事業者が魅力を感じる設置場所を提案できるよう調整を進めている。このため、まだどことも決まっていない。
※市が実施する公共施設整備などの検討段階で、民間事業者の意見や新たな提案を把握し、事業進展を図るための市場調査・情報収集。

― 再整備後の華蔵寺公園を知ってもらうためのPR動画制作など、プロジェクトでは情報発信まで徹底していますが、情報発信の多様化という点では、4月開始の地元コミュニティラジオ放送局の「いせさきFM」、群馬テレビのデータ放送など、行政情報発信の媒体が増えます。

 臂市長 主に災害時に情報発信してきた防災行政無線の廃止を補完し、非常時における情報発信の強化を図るために活用していく。情報伝達手段を多様化することで、インターネット環境を持たない市民にも市が発信する情報を届けたい。

― いせさきFMは2008年の開局時に、市庁舎東館1階に設けたスタジオから放送していた時期もありました。再入居や駅前インフォメーションセンターでのサテライト・臨時スタジオの可能性は。

 臂市長 いせさきFMの現スタジオ(JA佐波伊勢崎中央支店内、伊勢崎市南千木町)の継続使用を確認しており、市もその意向に沿って対応していきたい。(次回に続く) 

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臂伊勢崎市長に聞く(2022年)  臂伊勢崎市長に聞く(2021年)
ハリーポッターシリーズ著者 J.Kローリング

「JKローリング擁護のために」のトランスジェンダーの背景解説
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説10−2(2023年3月21日)

米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。伊勢崎市在住の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。2月26日付掲載の「ハリーポッターシリーズ著者 J.Kローリング擁護のために」で、トランスジェンダーの詳しい背景を知りたいとの声があり、星氏が新たに執筆した解説を掲載いたします。
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「JKローリング擁護のために」背景を解説

1. 問題の背景
多くの国では法的に出生時と異なる性と認められるためには性転換手術等が要件とされている。しかし、性転換手術は身体に侵襲的であり危険や術後の影響も強く、また手術を受けることができる人間は限られている。そこで主要なトランスジェンダー団体は「生物学的性別(sex)より性自認(gender identity)を尊重する」立場を推進し、生物学的性別を重視する現行の法制度の改正を働きかけてきた。近年、このような動きを受け法的に女性と認められる要件を緩和する国も増えてきているが、現実の運用の上ではさまざまな問題があり女性の安全が脅かされる事態も起きている。また厳しい差別禁止法は差別禁止を掲げる団体等の既得権につながる恐れや、いわゆる社会運動標榜ゴロによる「差別主義者」のレッテル貼りを助長する恐れなどがあり慎重な議論が必要とされる(日本で現在話題になっているLGBT理解増進法案は差別禁止法ではなく国民全体の理解を促す法案になっている)。

2. カレン・ホワイト事件
2017年、イギリス法務省はトランスジェンダーの受刑者について新しい政策を導入した。それ以前はトランスジェンダーを認めるためには医療上の診断等が必要だったが、新政策は受刑者が自分自身のジェンダーを定義し、それに従って扱うというものだった。その背景には、女性用刑務所に収監されることを希望していたトランスジェンダーの受刑者が男性刑務所で2人自殺するという事件があったばかりで、収監されているトランスジェンダーを保護するべきだという批判が起きていたことがある。同年、トランスジェンダーを自称するカレン・ホワイト(男性として出生)は傷害事件で逮捕された。収監時、ホワイトは自分が女性であると主張し、性転換手術を受けていなかったにもかかわらず、同年9月、女性用刑務所に収監された。その結果、ホワイトは収監されてから3か月の間に、他の受刑者の女性2人に性暴行をはたらいた。法務省はのちにこの事件について、女性刑務所送致が適切でなかったとして謝罪し、現在ホワイトは男性用刑務所に入っている。

3. ローリングのトランスジェンダーに関する発言
このような事件もあり、イギリス人であるローリングは、かつて自身が性暴力の被害者となった経験から、女性達の安全を保護する為にも生物学的性別での区別が必要だと考えるようになったと発言している。また、ローリングは生物学的性別の軽視に批判的で、メディアが性自認は女性だが身体が男性であるトランスジェンダーに配慮し所謂「女性」という言葉を「月経のある人」と言い換えたりするような行為は侮辱的であると考えている。非難の直接の切掛けとなったのは2020年6月7日、自身のTwitter上で「月経のある人」との見出しの付いた記事を引用し、「そういう人々を表す言葉が確かあったはずだわ。『おんな』とかなんとか」と揶揄したコメントである。また、同日には「性別がリアルでないなら、同性愛も、世界中の女性が生きてきた現実も存在しない。私はトランスジェンダーの人々を知っているし、愛している。けれど、性別の概念を無視すれば、多くの人々から自らの人生についての意味ある議論の機会を奪ってしまう。真実を話すのは、嫌悪ではない」と述べた。

4. ローリングへの非難の過熱
これまでトランスジェンダーを支持する著名人らの姿勢は一貫して「身体が男性(性転換手術等していない)であっても性自認が女性であるならば一切の区別をするべきではない」というものだった。実際「トランスジェンダーの女性と同じ女子トイレを安心して共有できますか」という質問に「もちろんです」と答えたエマ・ワトソン(映画『ハリー・ポッター』シリーズで人気となった女優)はメディアから称賛されている。そのようななか、上記のように生物学的性別での区別の必要性を主張するローリングは、主要なトランスジェンダー団体の推進する「性自認を尊重する」立場に攻撃的であるとみなされた。特に映画『ハリー・ポッター』シリーズで主人公を演じ人気俳優となったピーター・ラドクリフが「トランスジェンダーの女性は女性だ。それに反するコメントは全て、トランスジェンダーの人々のアイデンティティと尊厳を攻撃するもので、ローリングや僕よりはるかにこの分野の知識がある専門医療団体の意見に反している」との声明をLGBTQ(同性愛者・性同一障害者)コミュニティの自殺撲滅を目指すチャリティ団体ザ・トレヴァー・プロジェクトを通して発表するとローリングは「反トランスジェンダー主義者」のレッテルを貼られることになり、インターネットを中心に非難が過熱していった。
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星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文地理学的解説」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
          
ハリーポッターのホグワーツ魔法魔術学校のクリスマス

「ハリーポッター」シリーズ著者 J.K.ローリング擁護のために
地元プロが翻訳 ニューヨークタイムズ社説 10 (2023年2月16日付)

 米国の高級紙、ニューヨークタイムズ。その社説から、日本人にとって関心が深いと思われるテーマ、米国からみた緊張高まる国際情勢の捉え方など、わかりやすい翻訳でお届けしています(電子版掲載から本サイト掲載まで多少の時間経過あり)。地元の翻訳家、星大吾さんの協力を得ました。今回の翻訳について星さんは「日本でも大人気で新刊がでるたびに伊勢崎図書館貸出ランキングのトップに上がる『ハリー・ポッター』シリーズですが、現在作者のJ・K・ローリングはアメリカなどでトランスジェンダー(性同一性障害)の人々に対し差別的であるとして非難の対象となっています。記事ではこうした動きに対し、ローリングの実際の考えに触れながら擁護をしています」と解説。原題「In Defense of J.K. Rowling」
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「トランス(性同一性障害)の人々は保護を必要とし、保護を受けるべき存在です」
「私は、トランスジェンダーの多くが、他者に脅威を全く与えないどころか、むしろ虐げられていると思います」
「私は、すべてのトランスジェンダーの人々の持つ、自分にとって真実で快適だと感じる生き方を送る権利を尊重しています」
「男性に虐待されたトランス女性には、強い共感と連帯感を感じます」

 これらの発言は、『ハリー・ポッター』シリーズの作者であり、人権活動家であり、インターネット上の過激派グループや、多くの有力なトランスジェンダー権利活動家やL.G.B.T.Q団体に言わせればトランスフォビア(トランスジェンダー嫌悪)であるJ.K.ローリングによるものだ。

 ローリングの熱心なファンの中にも、そうした非難をする者は少なくない。2020年、『ハリー・ポッター』最大のファンサイトの一つであるThe Leaky Cauldronは、ローリングが「トランスジェンダーに関する有害で根拠のない思想」を支持したと主張し、著者の引用や写真を掲載しないことをメンバーに通達した。

 批評家たちは、書店に彼女の本を売らないよう提唱し、実際にそうしている書店もある。また、彼女は、言葉による暴力、個人情報の晒上げ、性的暴力や暴行(殺害予告も含む)を予告する脅迫を受けている。

 来週から始まるポッドキャストシリーズ「The Witch Trials of J.K. Rowling」のための多方面にわたる貴重なインタビューの中で、ローリングは自身の経験を語っている。「私は直接暴力を振るうという脅迫を受けたことがありますし、子供たちが住んでいる家に人が来たこともありますし、私の住所をネット上に公開されたこともあります」「いずれにせよ、警察も危険を認めるようなことがありました」

 ローリングに対するこうしたネガティブキャンペーンは、危険であると同時に理不尽なものだ。昨年夏に起きた痛ましいサルマン・ラシュディ刺傷事件で思い知らされたのは作家に悪意が向けられることで起こる悲劇である。そして、ローリングの場合、トランスフォビアとの決めつけは、実際の彼女の考えとはかけ離れている。

 では、なぜ彼女をトランスフォビアと非難する人がいるのだろうか?きっと、ローリングが何かをやったからに違いない、と思う人もいるかもしれない。

 答えは簡単だ。彼女は、家庭内暴力からの保護シェルターや女性刑務所など、生物学的女性だけの空間の権利を主張している。法的な性別を決定する際に、自己申告による性自認は不適切であると主張してきた。彼女は、生物学的女性を「月経がある人」というような表現には懐疑的な態度を示している。彼女は、自分自身を擁護し、そしてより重要なことだが、トランス活動家から攻撃を受けている離脱者やフェミニスト学者など他の人々を支持してきた。トランスジェンダーについて扇動的な発言をしたレズビアンのフェミニスト、マグダレン・バーンズをツイッターでフォローし、賞賛した。

 このローリングの見解と行動に、(あるいは強硬に)反対する人もいるかもしれない。あるいは、トランスジェンダーに対する暴力が蔓延している、発言力のあるトランス活動家の意見に反する意見を発信することは、弱い立場にある人々に対する反感を高めることになる、とそんなふうに考えるかもしれない。

 しかし、ローリングの発言は、トランスフォビアと呼ばれるものとは程遠い。彼女は性同一性障害の存在に異議を唱えているわけではない。科学的根拠に基づいた治療や医療の下での性転換に反対の声を上げたこともない。トランスジェンダーの人々への職業や住居の平等を否定しているわけでもない。声高に言われているような、彼女がトランスジェンダーを「危険にさらしている」という見解には根拠はなく、彼らの存在する権利を否定などしてはいないのだ。

 彼女のかつての批判者の一人から話を聞いてみよう。かつてローリングがトランスフォビアであるとして非難したジャーナリストのE.J.ロゼッタは、昨年、「20 Transphobic J.K. Rowling Quotes We're Done With」という記事の執筆を依頼された。12週間の取材と資料調査の後、ロゼッタは 「実際にトランスフォビアであると言えるようなメッセージはひとつも見つからなかった」と書いている。ツイッターでは、「間違った魔女狩りが行われている」と宣言した。

 ちなみに筆者も、ロバート・ガルブレイスのペンネームで書かれた犯罪小説を含め、ローリングの著作をすべて読んだが、そのようなものは見つからなかった。彼女の作品に何らかの問題がないかと分析した人たちは、ガルブレイスの小説のひとつにトランスジェンダーのキャラクターが登場することや、別の小説では殺人犯が時折女性に変装することに異議を唱えた。言うまでもなく、ある種の考えに憑りつかれた人間でもなければ、これぞ偏見の証拠と挙げるには無理があるものばかりだ。

 ローリングとその作品が特定のイデオロギーから非難を受けるのは、今回が初めてではない。『ハリー・ポッター』シリーズは、何年もの間、アメリカで最も読むことを禁じられた本の一つだった。多くのキリスト教徒が、魔術や魔法を肯定的に描いているこの作品を非難し、ローリングを異端視する者もいた。ウェストボロ・バプティスト教会の元メンバーで、『Unfollow.A Memoir of Loving and Leating』の著者であるミーガン・フェルプス=ローパーは、子供のころはこの小説が好きだったが、過激さと偏見で有名な家庭で育ったため、ローリングは同性愛者の権利を支持しているから地獄に落ちる、そう信じるように教えこまれたという。

 フェルプス=ローパーは、時間をかけて自らの偏見を見つめ直した。彼女は現在、「The Witch Trials of J.K. Rowling」のホストを務めている。このポッドキャストは、ローリングとの9時間に及ぶインタビューに基づくもので、ローリングが自己の主張について長く語ったのは今回が初めてだ。ローリングは、その作品群でアウトサイダーであることの美徳、敵対する者に対する共感、友愛のすばらしさなどを描いているにもかかわらず、なぜこれほど多方面からの非難にさらされてきたのかを考察している。

 このポッドキャストには、ローリングに対する批判者のインタビューも取り上げており、ローリングがなぜ自身のプラットフォームを利用して、いわゆるジェンダー・イデオロギーの特定の主張(例えば、トランスジェンダーの女性は、事実上あらゆる法的・社会的場面において、生物学的女性と区別されないものとして扱われるべきという考え)に異議を唱えているのかを掘り下げている。彼女のファンも、最も激しい批判者ですらも、なぜ、攻撃されることを承知で、わざわざそのような立場をとるのか、と疑問に思っている。

 「よく言われるのは、金持ちで、しっかりとしたセキュリティを雇えるから、声を上げられるのだろうというものです。それは事実です。でも、肝心なことを見逃していると思います。私を脅し、黙らせようとすることで、同じような考えを持つ女性たちが声を上げようとするのを、萎縮させているのです」とローリングはポッドキャストで語っている。

 「実際にそういうことを見たからこそ、そう言えるのです」とローリングは続ける。彼女は、他の女性が警告を受けているのだと言う。「J.K.ローリングがどうなった?あんたも気をつけるんだな」と。

 例えば、最近、レズビアンでありフェミニストでもあるスコットランド国民党の議員、ジョアンナ・チェリーは、スコットランドで可決された「自己ID」法に公然と疑問を呈した。この法律は、トランスジェンダー女性としてわずか3ヶ月間生活した後、単なる申告によって、自分が女性であると合法的に立証できるもので、性別同一性障害の診断を受ける必要がない。彼女は、職場でのいじめや殺害予告にさらされ、国会で正義と内政のスポークスウーマンとしての最前線の地位からも外されたと報告している。「声を上げるとことで、トランスフォビアや偏向思想という間違った烙印を押されるので、この議論に怖気づいている人もいると思う」と彼女は言う。

 フェルプス=ローパーは、ローリングの積極的な発言は、まさにこのような問題に立ち向かうためのものであると語った。「多くの人は、ローリングが自分の特権を利用して、弱い立場の人々を攻撃していると考えています」と彼女は言う。「しかし、彼女は、自分は弱い立場の人々の権利のために立ち上がっているのだと考えています」。

 さらに、ローリングは、発言することを責任と義務として捉えている、とフェルプス=ローパーは言う。「彼女は、他の人々が声を上げる力がないために自ら口を閉ざしていることに気づいたのです。彼女は、この支配的なやり方を振りかざす動きに対して、自分を偽らず、立ち向かわなければならないと感じたのです」

 ローリング自身がポッドキャストで述べているように、彼女は「最初のページから、いじめや支配的な振る舞いが人間の悪の中でも最悪のものだとする」本を書いている。ローリングが批判者に対して攻撃的だと非難する人々は、彼女が、昨今のジェンダー正統派に立つ批判者たちが受けてきたような失業、世間の中傷、身体の安全への脅威を恐れ、沈黙している人々のために立ち向かっているということから目を逸らしている。

 そういった攻撃はソーシャルメディアを使いエスカレートしていく。フェルプス=ローパーはウェストボロ教会での日々でそういったやり方を知っていた。「私たちは、自分たちが最大の注目を集められさえすれば、どんなものでも構わないと思っていましたし、そのことで、自分たちが信じていることを最も過激で攻撃的なものにしていきました」と彼女は回想する。

 フェルプス=ローパーのほかにも、志を同じくするクリエイティブな人々(一般的には富による保護やスポンサーからの強力なバックアップがある人々だが)が、ついに厳しい状況に立ち向かうようになったのは、流れが変わった証かもしれない。ローリングの作品によって有名になった若い俳優たちはこれまで沈黙を守っていたが、ここ数カ月、ヘレナ・ボナム・カーターやラルフ・ファインズといった『ハリー・ポッター』作品の俳優たちが、ローリングを公に擁護している。

 ファインズの言葉より。「J.K.ローリングは、幼い子供たちが人間としての自分を見出していくという、力強さに関する素晴らしい本を書いている。より良く、より強く、よりモラルを重視する人間になる方法について書いている」「彼女に向けられた罵詈雑言には、うんざりする。まったく呆れるよ」

 ローリングへの告発に関しては、恥ずかしくなるほど軽々しい報道もあるが、少数の影響力のあるジャーナリストも彼女を擁護する発言を始めている。アメリカでは、アトランティック誌のケイトリン・フラナガンが昨年、「やがて彼女の正しさが証明され、信念を貫くために支払った高い代償こそ、信念を持った人があえて選択したことだったのだと皆が知る時が来るだろう」とツイートしている。

 イギリスでは、リベラルなコラムニストであるハドリー・フリーマンが、ローリングへのインタビューを禁止されたことを理由に、ガーディアンを退社した。その後、彼女はサンデー・タイムズに入社し、最初のコラムでローリングのフェミニストとしての立場を賞賛した。ガーディアンのあるリベラルなコラムニストも同様の理由で退社した。テレグラフに移籍した彼女は、自身の仕事のために彼女や子供たちへのレイプの脅迫があったにもかかわらず、ローリングを擁護した。

 何百万人ものローリングの読者が、彼女への社会的攻撃を知らないことは間違いない。しかし、だからといって、「ビッグ・ライ」や「Qアノン」(訳者註 いずれも陰謀論)のようなとんでもない主張と同様、この告発が陰湿で執拗なものとなっていく可能性は否定できない。ローリングの本が好きなのは良くないことだ、彼女の本は「問題がある」、彼女の作品を評価すると「厄介なことになる」と若者が感じるべきだという種が文化の中に植え付けられている。ここ数週間では、新しい『ハリー・ポッター』のテレビゲームをめぐって騒動が起きた。非常に残念なことだ。子どもたちは、『ハリー・ポッター』を堂々と読み、そこから教訓を得ることが望ましいというのに。

 ローリングが実際に言っていることこそが重要だ。2016年、PEN/Allen Foundation award for literary serviceを受賞した際、ローリングはフェミニズムへの支持、そしてトランスジェンダーの権利について言及した。「批評家は、私が子供たちを悪魔崇拝に改宗させようとしていると主張する自由があり、私は人間の本質と道徳を探求していると説明する自由があり、その日の気分によっては、バカじゃないの、と言う自由があります」

 ローリングはただベッドで寝ていることもできた。自分の富とファンの中に逃げ込むこともできたはずだ。彼女の『ハリー・ポッター』の世界では、ヒーローは勇気と思いやりに満ちている。彼女の最高のキャラクターは、いじめに立ち向かい、冤罪を暴くことを学ぶ。そして、世界が自分に敵対しているように見えるときでも、何が正しいかという自分の核となる信念をしっかりと持つ必要があることを学ぶ。

 蔑まれてきた人を守ることは、特に若者にとっては決して簡単なことではない。『ハリー・ポッター』の読者なら誰でも知っているように、いじめっ子に立ち向かうのは怖いことだろう。そんな時は身近な大人たちが導いてあげればいい。もし多くの人がJ.K.ローリングのために立ち上がれば、彼女のためになるだけではなく、人権、特に女性の権利、ゲイの権利、そしてトランスジェンダーの権利のために立ち上がることになる。それは、真実のために立ち上がることになるのだ。
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 星大吾(ほしだいご):1974年生まれ、伊勢崎市中央町在住。伊勢崎第二中、足利学園(現白鳳大学足利高校)、新潟大学農学部卒業。白鳳大学法科大学院終了。2019年、翻訳家として開業。専門は契約書・学術論文。2022年、伊勢崎市の外国籍児童のための日本語教室「子ども日本語教室未来塾」代表。同年、英米児童文学研究者として論文「The Borrowers」における空間と時間 人文地理学的解説」(英語圏児童文学研究第67号)発表。問い合わせは:h044195@gmail.comへ。
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